参考文献

宋代の春秋学は、研究が進んでいない分野だけに、参考となる文献の数も少なく、また高度に専門的となる。とはいえ、網羅的な目録を作るのは難しく、また意味もないだろう。以下には私が個人的に参考になった文献を挙げておく。なお日本の研究は、よほど参考にしたものを除き、掲載しなかった。

(A)手始め

  1. 宋鼎宗『春秋宋学発微』(文史哲出版社、1986年、増訂再版)
  2. 牟潤孫「両宋春秋学之主流」(『注史斎叢稿』、中華書局、1987年)
  3. 山田琢『春秋学の研究』(明徳出版社、1987年)
  4. 陳植諤『北宋文化史述論』(中国社会科学出版社、1992年)
  5. 趙伯雄『春秋学史』(山東教育出版社、2004年)

1は先駆的研究。前半は主要著書の解説に、後半は宋代春秋学の概要に充てられている。前半の解説は主として『四庫全書総目提要』を砕いた内容だが、随所に著者の知見が記されており、簡単ながら現在でも参考になる。ただし後半は春秋学通有の問題ゆえ、目新しさはない。2は牟氏の労作として知られる。論文執筆年代は最も古い。内容は、陸淳、孫復、胡安國が宋代の主流学説であることを指摘し、その傾向(尊王と攘夷)を併せて論述する。現在からすると常識の感もあるが、宋代の春秋学を研究する場合は、必ず読んでおく必要がある。3は春秋公羊伝と穀梁伝に対するものであるが、宋代に流行した義例や属辞比事に対する優れた見解が述べられている。この書を原語で読めるのは日本人の特権といえる。宋代の春秋学を理解する上でも極めて示唆の多い本だけに、必ず理解する必要がある。概ね宋代春秋学の研究で新説とされるものは、本書に説明されたものか、あるいはその敷衍に過ぎない。4は春秋学の専門書ではないが、少し前の研究を回顧するには便利なところがある。いわゆる疑経改経の問題を鳥瞰的に理解するには最適の書物。5は春秋学史に対する最も網羅的な研究書。等閑視されがちの宋代の春秋学に対しても、懇切丁寧に説明されており、新たに春秋学を志す人間がまずもって読まねばならない書物。

(B)特殊

  1. 沈玉成・劉寧『左伝学史稿』(江蘇古籍出版社、1992年)
  2. 張素卿『敍事与解釈―《左伝》経解研究』(書林出版有限公司、1998年)
  3. 林慶彰、蒋秋華主編『啖助新《春秋》學派研究論集』(中央研究院中國文哲研究所、2002年)
  4. 林慶彰編著『通志堂経解研究論集』(中央研究院中國文哲研究所、2005年)
  5. 趙伯雄「《春秋》学中的“日月時例”」(『中国経学』第1輯、江西師範大学出版社、2005年)
  6. 李解民「《春秋集解》爲呂祖謙撰考―《四庫全書總目》辨正札記」(『中国典籍与文化論叢』第8輯、2005年)
  7. 李建軍『宋代《春秋》学与宋型文化』(中国社会科学、2008年)

1は左氏伝の歴史を述べたものだが、宋代の学説に対しても論評するところがある。2は左氏伝に対する特殊な研究だが、属辞比事について鋭い見解が示されている。3は唐代中期に活躍した啖助・趙匡・陸淳らの学問に対する最近の研究を集めたもの。日本人の論文を中国語訳で収録している。4は宋代の春秋学説を多く収める『通志堂経解』に対する研究を集めたもの。5は『春秋学史』の著者が日月時例に対して説明した専論。日月時例は春秋学の中でも最も複雑なものだけに、歴代の研究成果が整理されており便利である。6は呂氏『春秋集解』の著者が誰であるかを論じたもの。同書は『四庫全書総目提要』が呂本中の撰と断じて以来、著者をめぐって論争が絶えなかった。しかし本論攷によって、ほぼ呂祖謙の撰であることが明白となった。同書は宋代春秋学にとって重要な資料集だけに、著者の真偽が明らかになったことは喜ばしい(後、『呂祖謙全集』所収『春秋集解』の附録に収められた)。7は宋代の春秋学全般を扱った最も新しい研究書。ただし宋代の春秋学を解明するというよりは、宋代の春秋学を利用して、宋代の特徴を明らかにするという傾向が強い。

(C)基本

  1. 朱彝尊『経義考』
  2. 『四庫全書総目提要』
  3. 晁公武『郡斎読書志』
  4. 陳振孫『直齋書録解題』
  5. 王応麟『玉海』
  6. 馬端臨『文献通考』

王鳴盛ではないが、宋代春秋学説の多くが失われたいま、目録学的研究はなおも有効である。1は定番。経解全般にわたり広く諸書から書誌を集めたもの。宋代の春秋学は700~800余り書目が上がっている。しかしこれを漫然と読んでも理解できないので、現実には研究対象とする書目の書誌を調べるために利用することになるだろう。2は旧時代に最も参考にされた解題。宋代春秋学の書目は、一部の受験参考書を除き、正目に入っているので、通常は『四庫全書総目提要』の春秋部を通読すれば、一通りの理解が可能になる。時代的偏見も散見するが、専門的に研究する場合、一度は目を通す必要がある。3と4は宋代の解題集。宋代の人の手になる解題だけに、単に板本の異同のみならず、内容の理解にも役立つ。5は芸文の部に春秋関係の資料を収める。大半は他書に散見する資料だが、宋代春秋学の系統的理解に便がある。6の経籍考に春秋学関係の書誌がまとめられている。既に佚した解題も含むので、参考にしなければならない。

(D)やや専門(+資料集)

  1. 呂大圭『春秋五論』
  2. 程端学『春秋本義』『春秋三伝辨疑』『春秋或問』
  3. 趙汸『春秋師説』
  4. 李明復『春秋集義』
  5. 呂祖謙『春秋集解』
  6. 汪克寛『春秋胡伝附録纂疏』
  7. 葉夢得『春秋考』

1は朱子学的立場から宋代の春秋学を系統的に論述したもの。唐代中期以来の学説をたくみに折衷し、元代から明代初期の春秋学界に影響を与えた。同種のものに『六経奥論』(春秋部)があり、これも簡にして要を得ている。2は科挙の副読本で、現代でも資料集として利用するには便利。三書とも諸説を博引しており、ある経文に対してどのような学説があったのか、またある経文に対してどのような疑問が投げかけられ、どのような応答があったのか、あるいは三伝のどこに疑問があり、それに対してどのような回答が用意されていたのか、などを容易に窺いうる。ただし程端学本人の断案は、科挙の参考書ということもあり、あまり参考にならない。3は趙汸の編著。黄沢の発言をまとめ、さらにその行状を附録におさめたものである。上中下3巻に附録1巻。趙汸は当時の主流学説から離れており、それだけに主流学説の問題や矛盾を冷静に観察している。4以下は参考資料として便利なものをあげた。まず李明復の『集義』は、程朱の春秋学説を網羅的に収めたものとして、資料集的価値が高い。特に散佚した謝諤(程頤の弟子)の学説のほぼ全文を確認できるのは有益である。ただし春秋学と程朱学は相容れないところがあるので、春秋学の研究のためにはあまり役に立たない。5はこれより以前に編纂された呂祖謙の編纂物。三伝注疏も収録の対象となっているが、主たる引用書目は、唐代中期の陸淳(啖助および趙匡を含む)以後、北宋から南宋初期の人々になる。事柄を重視し、新説を廃する傾向にあるが、各書の精要を抜萃した編纂物であり、宋代経学者の力点を知るには便利である。ただしみずから春秋学に足を踏み入れず、結論だけを手に入れたい人間が読んでも、全く役に立たないだろう。6は胡安国『春秋伝』の注釈書。『春秋大全』は本書の剽窃なので、『春秋大全』を読んでも構わない。7の葉夢得は南宋初期まで生きた学者で、無類の博学を誇った。宋代経学者が事柄を重視すれば、どのような成果を収められ、またどのような偏りを生むか、本書によって窺い知ることができる。内容はかなり専門的なので、はじめに読むべきものではないが、如上の書物に見えない論攷を多く含む有益な書物。なお春秋時代の考証を重んずるのであれば、清代以後の著書を読むべきであり、葉夢得の著書にそこまでの期待はできない。

(E)専門

これ以後は各自の見識と判断で研究を進めるしかない。通常は、上記の書物を除き、陸淳『春秋集伝纂例』、孫復『春秋尊王発微』、劉敞『春秋権衡』『春秋意林』、胡安国『春秋伝』、陳傅良『春秋後伝』、戴溪『春秋講義』、張洽『春秋集註』、趙鵬飛『春秋経筌』、趙汸『春秋集伝』『春秋属辞』『春秋左氏伝補註』、張以寧『春王正月考』、および黄震『黄氏日抄』春秋部、『六経奥論』、項安世『項氏家説』等があがる。

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