盧仝『春秋摘微』

(A)『読書志』巻3(王先謙校補本)

『春秋摘微』四巻

唐の盧仝の撰。本書は経文の解釈に三伝を用いないが、経文の大略はしっかり捉えている。韓愈は本書に対して「春秋三伝を高閣に束ね、ひとり遺経を抱えて終始を究む」と言ったが、確かにその通りである。祖無択が金陵で入手したものである。『崇文総目』(*1)には未掲載である。

(B)『文献通考』巻182

『春秋摘微』四巻

巽巌李氏(*2)曰く、仝の春秋学は三伝によって経旨を害なわず、最も韓愈の推奨するところとなった。しかし本書を見たところ、諸学者の見識を遠く越えたものとは思われない。愈が何故にあのような発言をしたのか分からぬ。言い伝えによると、仝は「恵公仲子」(*3)を解釈して「聖人の文字遣いだ」と言ったというが、この本には存在しない。あるいは散佚した部分が多いのであろうか。

盧仝の春秋学説は宋元時代の経解にまま発見する。韓愈の春秋三伝を高閣に束ね云々は非常に有名な句で、中唐以後の春秋学の特徴をうまく表現したものとしてよく引用される。即ち春秋の解釈に三伝を用いず、経文のみでその義を明らかにしようとする態度を指す。所謂棄伝従経である。

本書には輯佚本がある。しかしこれは杜諤の『会義』から輯佚したものなので、『会義』が現存する以上、『摘微』佚文は『会義』から確認する必要がある。なお本書佚文から判断するかぎり、その内容は、李燾ではないが、概して偏った論評が目立つ。



(*1)『崇文総目』は北宋中頃の宮廷図書目録。散佚。
(*2)巽巌李氏は『続資治通鑑長編』で有名な李燾のこと。
(*3)恵公仲子は隠公元年に見える経文。「恵公と仲子」と訓むか「恵公の仲子」と訓むかで意見が分かれる。

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