公孫樹の資料庫

最終更新日：2010/09/12

反動團體を煽動す

高畠素之

一

反動派とは何處の毛唐が考へ出した言葉か知らぬが、どうも理屈の辻褄には合ひ兼ねる文字だ。動あれば必らず反動がある。これは物理學的眞理だから、ピンポン玉の實驗を俟つまでもなく先刻承知の事實である。だが、物理現象ならぬ社會現象に於いて、社會主義が正道で國家主義が反動だといふ理屈は、どこを押せば出て來るのか了解に苦しむ。恐らく、唯物史觀流の社會進化論を盲信した結果だらうと思ふが、果たして然るか否かはお釋迦樣でも御存知なきところ、辯證法なみに正反を決定するのは前途邃遠の事業に屬する。寧ろ現實的な條件を中心として論ずる限り、却つて國家主義的な傾向が正動を指示し、社會主義的な一派が反動を代表すべき筈であつた。流行とあれば致し方なく、けふ日では警視廳的役人でさへ國家主義的諸團體を『反動派』の名稱に於いて十把一束にし、主義者の跳梁跋扈を恰も社會的正動であるかに見做す皮肉に陷りつつある。大いに怪しからぬ話しだが、今更らそんなことを憤慨しても始まらぬほど、擧世滔々としてデモクラ的流行に支配されてゐる。

一の運動は、それが大きければ大きいだけ、その反動もまた大きいのが當然である。無産諸黨の議會進出や共産黨一派の陰謀露見やに依り、一方のいはゆる左傾的運動が猛烈となるにつれ、他方これが反對勢力たるいはゆる右傾的一團が硬化し出したのも、素より物理上の必然なる反映でなければなるまい。議會中心主義に對する諸團體の一齊射撃、×××××を始め勞農黨本部、評議會本部、大山邸に對する×××の毆り込み、東西朝日新聞社に對する數度の襲撃等、いはゆる反動團體の活躍も可成り目覺ましきものがある。出題の趣意は、斯うした反動團體の亂暴狼藉を何と見るかといふにあるらしいが、實のところ、是非善惡は別に感じないのである。理屈をいへば五分と五分、民政黨の總務連の如く、自分で喧嘩の種を蒔いて置きながら、對手が買つたのは不埒だといつて尻を首相官邸に持ち込んだに比較すれば、未だしも彼等の暴状は瞑默し得るであらう。寧ろ反動團體の暴力行使は、毒を變じて藥となし得る意味に於いて、時に取つての清涼劑たるを失はぬのである。

二

現代日本人の常識に從へば、反動派と暴力團とは同義異語である。嚴密に理屈を追求するなら、暴力の行使は必らずしも反動團體に限られた譯でなく、いはゆる社會主義一派も大いにこれを慣用するのである。ただ併し、暴力行使を×××する限りに於いて、いはゆる暴力團が必らず反動的色彩を帶び、凡ゆる大衆的運動に對して背面する事實は否定すべくもない。暴力團の斯くの如き反動性は、決して昭和日本の特産ではなかつた。東西古今を問はず然り、稗史演劇で美化された侠客や町奴にしたところで、多くは豪商大家の××に過ぎず、その×××××ついて生活してゐたのであつた。強きを挫き弱きを助けるといふ例の標語にしても、これは自分の醜惡な心理的動機を瞞化する手段であつて、××の信心と大して相違を發見されない。生活は生活、看板は看板、この二つを巧みに使ひこなす點が暴力團の暴力團たる所以であり、今も昔も變らぬ器用さを發揮してゐる。

彼等は切齒扼腕して忠君愛國を唱へる。だが、折角の忠君愛國ではあるが、この場合は侠客町奴の『弱きを助け強きを挫く』と一轍の空念佛で、やむにやまれぬ×××の發露から暴力を行使するのではない。×××動機から暴力行使のやむなき結果に陷つたため、それを巧言令色する必要上、さも純粹な精神的動機から出發したかの如く見せかけようとして、斯くは忠君愛國を××とするに至つたものと解せられる。實際、暴力團彼等に取つては、腕一本が身すぎ世すぎの元手だ。故に、貧乏人の味方をしてゐたのでは肝腎の××が成り立ち兼ねる。善くも惡くも、富強者の御用を聽從してその利益を擁護する立場を取らねばならぬから、勢ひ反動的色彩を發揮するやうにもなつた。暴力團即反動派の因果關係は茲に生じ、國家主義そのものまで劇畫化してしまつたのである。

だが、デモクラ的氣分が上下の心髓を蝕ばみ、思想には思想を以つて對抗せよといふ常識が瀰漫した今日、單なる大義名分論で暴力を行使したとあつては、傍の見る目が承知しなくなつたのも事實である。曲りなりにも理屈をつけ、暴力を行使するのやむを得ざる所以を公表するのでなければ、世間に通用しなくなつたも時勢なればこそ、その意味では反動を特色とする彼等と雖も、時代の潮流には無關心であり得なかつた。

三

その最も代表的な實例は、新聞廣告に依る議會中心主義に對する突撃に求められる。まさか民政黨だつて、皇室中心主義を否定するつもりで『議會中心政治の徹底を期』した譯でもなからうが、動機の如何に拘らず『天皇統治の下』にやらうといふ限り論理の矛盾を免れず、柄のないところへ柄をすげられたも身から出た錆と評するの外はない。たうとう悲鳴を擧げ、暴力團體の取締りに就いて泣きを入れたのだから藪蛇の觀を免れず、暴力團としては最近の上出來であつた。殊に腕一本の武器を強行するに至らず、新聞廣告といふ商賣ちがひの文化的方法を以つて勝利を博したとあれば、尚ほ更ら彼等の鼻も高いことであらう。彼等が從來慣用した手段は、怪文書に怪寫眞、どのみち白晝の天日に晒されては憚り多いものばかりだつた。が、今度ばかりは、自腹か他腹か知らぬが兎に角も廣告料金を負擔し、堂々と對手に肉薄したのである。拳固以外の元手の投下には極めて節約的な彼等、かう決心するまでには、清水の舞臺から飛び降りる以上の勇氣を必要としたであらうが、恐らく今後はこれに味を〆め、愈よ新聞社の収入増加に貢獻することと思はれる。反動團體の最近の傾向として、敢て筆頭に算へる所以である。

議會中心政治反駁の廣告文面は、素より相も變らぬ大義名分論であつた。不自然と思はれる迄の××××××の誇張は、それに比例して動機的不純を豫想せしめるに十分であつたが、それなりにまた、獨特の癖を發揮した團體も一二は見受けられる。癖とは何んぞ、同じ右傾でも正體はただの鼠でなかりさうなそれである。例へば××會の如き、明白に議會輕蔑の口吻を漏らし、おのづからフアスシストの意氣に通ずる破壞的要素を披瀝してゐた。××會に至つては、國體政治の道義日本のといふ神主流の臭氣を一面發散しながら、勞農黨の議會主義を攻撃して甚だ痛快、立論の趣旨も頗る堂々たるものであつた。戰法の如きも無産黨のそれを逆用した傾きがあり、稚氣は稚氣として愛すべき部分を多量に認められる。が、以上の二團體は現在は兎にかく過去に於いて筆者と多少の因縁もあるので、贔屓の引き倒しに終らざる限り細評は御免を蒙むりたい。

四

正動であると反動であるとを問はず、大衆萬能の時代となつた今日に於いては、善惡好厭に拘らず、凡ゆる運動は大衆的でなければならなくなつた。少なくとも表面だけなりと、斯く見せかけねばならぬ必要に迫られて來たのである。その意味に於いて、いはゆる反動團體と雖も、從來の如き概括的な名分論だけでは、到底存續を許されぬ状態に置かれてゐる。自己の立場を有利に展開するには、萬人を承服するに足るべき理論的是正が必要である。若し彼等に思想的立場なく、徒らに空疎な大言壯語を享樂してゐるならば、遂に救はれ難き存在として取り殘されてしまふであらう。左傾に五分の理屈があるなら、右傾にも五分の理屈があるべき筈である。五分と五分との理屈を、如何に巧妙に俚耳に入らしめるかに依り勝敗の分岐は決定する。

ボリシエヰーズムかフアスシイズムか、分け上る高嶺の月に二つはなく、流れ落ちる谷川の水に變りはない。果して然りとすれば、いはゆる反動團體はその反動的立場を硬化すべきである。凡ゆる徹底した思想は暴力に結果する、といふリープクネヒトの命題を逆用すれば、幸ひにして鬼の暴力を惠まれた諸君であるから、餘すところは唯だ金棒の思想のみ。反動團體最近の傾向は、どうやらこの金棒の發見に苦心しつつあるかの如くだが、舊勢力の用心棒を以つて滿足してゐた從來の態度に比較すれば、一段も二段もの進歩だと見なければなるまい。斯くて腰抜役人に突撃し、極道富豪を恐嚇し得たなら、黒赤混淆の決戰を試みるも愉快であらう。――などと、これは少し反動團體に肩を貸し過ぎたやうであるが、現在の如くフヤけ切つた彼等にそれだけの活を入れるのは容易な業でなく、恐らくは空望に歸することと思はれる。

三ッ兒の魂は百まで、侠客渡世の昔から暴力團はえて用心棒を以つて滿足し勝ちだつたが、昭和の暴力團もどうやらその亞流を追隨するかの如くである。口惜しければ緊褌一番して見ろッ、喝。

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