『解放』断片語

高畠素之

レーニン若し死なば(……ソビエツト露西亞はどうなるか……)

◇高畠素之

ソヴイエツト露西亞が何うなるかと云ふことは、レニンが生きてゐてもの問題だ。レニンが死んだら原死後の政友會位ゐなゴタゴタはあらう。


※『解放』第四卷第八號(大正十一年八月)


社會的正義の先驅者

(題目)

恆に敬愛する先醒から拜受し得た貴答を編んで、此の華やかな一欄を設置する。諸家の芳情は社中同人最大の感激である。お尋ねの際の題目は「現状打破の思想及運動に共鳴した動機」明敏なる諸君の好意ある判讀を願ふ。


□高畠素之

現状打破と云つても、打破すべき現状と打破すべからざる現状とがある。例へば國家の存立を打破すると云ふが如き思想及運動の現状は極力打破すべきである(。)それから打破すべき現状にもいろいろあるが、就中打破すべきは大多數國民たるお互ひの日々の努力と時間とが餘りに多く生活勞働のために奪はれ、趣味享樂の餘地が最低限度まで縮少されてゐると云ふ現状である。私は斯樣な生活を嫌ふから斯樣な生活を産む社會制度を打破せんとする思想及運動には共鳴する。社會主義の學問と運動とは、此打破の可能と、現状に代るべき新制度樹立の必然とを指示してくれた。

要するに自分自身の生活體驗と、自分のやうな、又は自分のよりも遙かに惡い生活に沈淪してゐる多數の人々に對する觀察と、社會主義の學問及運動と……これが私を資本主義打破の傾向に導いた主要動因である。


※『解放』第五卷第五號(大正十二年五月號)


名士の書架

(題目)

爽やかなる讀書のシーズンに際し、特に出題して煩はし得たる學界文壇諸名士の貴答


□高畠素之

營業多忙のため久しく書にすさび貴問に應じ難きを遺憾とす。秋冷と共に漸く發心して、ヒルフアーヂングの『金融資本論』を小突き始め候ふが、まだホンノとば口だから批評の限りにあらず。但し、從來マルクス主義文獻と云へば上はカウツキーより下はプヂン、ウンターマンの徒に至まで猫も杓子も『辯明的』の領域を出でざる中に、ひとり此書のみはマルクス主義者の手になれる唯一の『發展的』なものであるとの世評だから、讀了の曉は定めし得るところ少なからざるべしと期待いたされ候。


※『解放』第四卷第十一號(大正十一年十一月)


同志間道徳の確立問題

凡人凡情

大同小異といふやうな所で行ければそれに越したことはないのだらうが、誰れもかれも目前の小野心と商賣氣が働き、それにお互ひの樂屋裏が見え透いてゐる處から、兎かく近いものほど爭ひが激しくなる。そこが凡人の凡情で之れをどうする譯にも行かず、行かないところに多少の味もあるが、再三苦がい經驗を嘗めて段々年を老ると、それでも困るといふやうな氣がして來るのも、これも凡人の凡情でそれなりに面白味がないとは言へない。政友本黨あたりでは頻りに政策々々といつてゐるが、政策や主義は兎かく歳暮ののし見たいなもので、商賣氣は扨て措き、氣象氣肌が合はないでは、僕のやうな小人物は、年は老つても、主義は合つても、到底一緒には歩るかれさうもないやうな氣がするが、實際の仕事をするにはそれでも困ることはよく分つてゐる。尤も主義主張といふ奴が眞面目に考へるとこれでなかなか個性的であるから、僕の主義主張は僕自身の氣象を呑み込んだ者にのみ理解さるべきであるやうにも思はれ、地方の讀者などから見當ちがひな共鳴など受けたときには、罪なことはするものでないとひどく恐縮してしまふ。それで足を洗へばいゝのだが、また性懲りもなくやり出すところ、これも凡人の凡情として諦めるか。


※第二次『解放』第四卷第二號(大正十四年十一月)


無産政黨の徹底的批判及び討究
無産政黨選手權獲得全國大會

□高畠素之

(一)勞農黨は男らしく共産主義と素朴階級鬪爭とを標榜して、精々勞農ロシヤ帝國主義の御用をつとむべし。

(二)日農黨は男らしく農本國家主義を標榜して、都市民と地主とに對抗した特殊保守黨の立場で行くべし。

(三)外に鶴見祐輔、上田貞次郎氏等を中心とする商工ブルヂォアの利益と、甘つたるい讀書生の興味とを代表した新自由主義を出かすべし。

(四)社會民衆黨、日勞黨など鶴的(1)存在の所屬員は夫々胸に手をあて泥を吐いて、以上三派のいづれかへ歸屬分解作用を行ふべし。


※第二次『解放』第六卷第三號(昭和二年二月)


解放時評

(題目)

  1. 支那の現状では「對支絶對非干渉南方國民政府即時承認」のスローガンは今や既にゴマカシにあらずんばニゲゴシになつたものと思ひます。問題は武漢政府支持承認か南京政府支持承認かでなくてはならないと思ひます。貴下は如何なる理由で何れの政府を支持されますか。
  2. 田中内閣若しくは臨時議會に對する御感想。
  3. 議會解散若しくは解散の御見込のときは、貴下の投票すべき候補者の有つべき條件特に其政策人物等。

右の問題(一部でも全部でも)に關する長短御隨意の御寄稿を得て五月二十日發行の「解放」六月號を飾りたいと思ひます。五月十日迄に御惠稿が願へれば大願成就幸甚欣喜此上もありません。


◇高畠素之

  1. 武漢は絶對不可。ただし、南京も氣に入らず。視點がすわらないから駄目さ。
  2. 田中大將は兎も角、鈴木、山萬、宮田等内務系の陣容は絶佳、キビキビした彈壓策を期待する。臨時議會は問題外。
  3. 黨籍を論ぜず、氣に入つた人間なら何でも善い。どういふのが氣に入つたかは、一寸いへぬ。

※第二次『解放』第六卷第八號(昭和二年六月)


端書解答・解放社會時評

◇高畠素之

例のサツコ、ヴァンゼッチ死刑沙汰は證據もなく無茶くちやに決めてしまつたのだといふ噂は本當らしいとのことだが(、)本當とすれば流石にデモクラシーの自由國である。日本は壓制軍國主義の國でもそんな思ひ切つたことをやれない。證據がなくては無政府主義者と雖も死刑にしたくてもできない程の陽氣な封建國家である。若し自由に靈あらば、この國の不甲斐なさに業を煮やすことがあらう。マルクスで飯を食はせ、共産主義で家を建てさせる程いくぢがない、そこがつけ目だ。


※第二次『解放』第六卷第十七號(昭和二年十月)


注記:

※句読点を増補した場合は丸括弧内に入れた。
(1)鶴的:ママ。鵺の誤であろう。

改訂履歴:

公開:2008/05/07
最終更新日:2010/09/12

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