社會主義とデモクラシイ

在伯林 力ール・カウツキー
高畠素之(譯)


同志クレスピーンは『フライハイト』誌上に掲げた其一文の末尾に述べて言ふ。 『階級的に自覺したプロレタリアは(政權獲得を目的とする階級鬪爭の開始後に於て)ブルヂオア的デモクラシイの地磐を歩んだ。それは此のデモクラシイをば自己の主義と同一視せんが爲ではなく、戰鬪上の手段として使用せんか爲であつた。』

若し數年前であつたならば、此の主張は猶極めて奇怪な説として考へられたであらう。何故ならば我々は、當時一般にプロレタリアは政權のための鬪爭に着手するやいなや、ブルヂオア的デモクラシイの地磐を棄てゝプロレタリア的社會主義的デモクラシイの地磐に立つであらうと信じてゐたからである。然るに今日に於ては、最早クレスピーンの右の主張は何等の恐異をも感ぜしめないのである。プロレタリアの獨裁なる共産主義的觀念が出現して以來『ブルヂオア的デモクラシイ』と云ふ言葉は、從前に於て有しなかつた一新意義を受くるにいたつたからである。

その時以後デモクラシイなる概念は――然も夫れが極端に論議さるゝ時期に於て――極めて動搖的のものとなつた。其處で知り古るされてゐる事柄を反覆する嫌があるかも知れないが、此際デモクラシイなる概念を、今一度闡明し置くは無益な事ではないのである。蓋し此の知り古るされた事も、多くのプロレタリアにとつては遺憾ながら未だ全く知られて居らぬ事であるから。

『デモクラシイ』なる言葉は動もすれば思想上の混亂を釀す虞れがある。何故ならば此の言葉は三つの異れる概念――一定の國家制度と、此の制度の存立する國と、最後に斯る制度の實現に努め又はそれを擁護する黨派とを示すからである。以上三つの概念は極めて異つたものではあるけれど、然し互に密接なる關係を有してゐる。これが爲め世人は動もすれば、この三つの異れる概念をば暗默の間に同一視し又混同する。斯くして政治的思惟の上に非常なる混亂を釀すことゝなるのである。

『デモクラチツクな制度とは總ての精神健全なる成年國民が、階級や、國民性や、宗教や、最近に於ては又男女の上の區別なしに平等なる政治上の權利を有するところの一制度である。

制度としてのデモクラシイを念頭に置く時、ブルヂオア的デモクラシイを云爲するは背理である。然るにクレスピーンがブルヂオア的デモクラシイをばプロレタリアが階級鬪爭の勝利のために據つて立つところの地磐であると云つたのは、明かに此制度としてのデモクラシイを指してゐるのである。

ブルヂオア的デモクラシイと云ふ言葉をば、デモクラチツクな國家制度を示す上に利用する事に就ては、私は嘗つてそれに反對したものである。これに就てプロレタリア的獨裁主義者達は、いたく私を非難した。彼等は云ふ。私は自己のマルクス主義を悉く忘れて終つた。階級的差別は全社會に滲透してゐる。從つてそれ自體としてのデモクラシイなどと云ふものは無いのであると。

在來の見解に對しマルクスの所見が一頭地を拔いてゐることは疑ひを容れない。在來の見解は國家の裡に政府對人民の對立を見たに過ぎなかつた。そして此の人民が極めて異れる對抗的の諸階級に分割されてゐると云ふ事實は、在來の見解に依つては全く看過されてゐたのである。階級と其の對立とを研究するは、悉ての政論家の最重大なる任務の一である。然し全社會の中で單にプロレタリアとブルヂオアとのみを眼目に置き、然して階級鬪爭と云ふ文句を無限に反覆することに依つて、一切の社會問題を解決したと信ずるならば、それは嘗て在來のデモクラチツクな見解が有してゐたと同樣な一面觀に陷ることゝなるであらう。

政治上の鬪爭が究極に於て階級鬪爭であると云ふ見解は、我々の政治的思惟の上に極めて充實的な結果を與へるものであるが、然しそれは斯る見解の應用が所を得た場合にのみ限るのである。

例へば普通選擧權や集會結社の自由は、階級鬪爭上大なる役目を演じた。ところでブルヂオア的な普通選擧權とかブルヂオア的な集會結社の自由とか云ふのは迂愚な事であらう。然るに制度としてのデモクラシイなるものは、畢竟此種の權利及び自由を意味するに過ぎぬのである。デモクラシイと云ふ抽象的概念に換ふるに、それを組成する個々の具體的要素を以てする時、國家制度としてのデモクラシイをば『ブルヂオア的』と云ふことの如何に不條理であるかゞ直ちに明かとなるであらう。

かく云へばとて、デモクラシイなるものが、その實際上の應用に於て階級竝に階級對立に影響さるゝところ無しと斷言するものでないことは云ふまでもない。デモクラシイに於ては人民の意志が支配する。然るにこの人民なるものは、一個の渾一體ではなくして、種々異れる階級に分割されてゐる。故に人民の意志として現はれ來たるものは、人民の多數を形成するところの一階級若しくは諸階級の意志である。然し我々は斯く言ふ事に依つて、多數者の意志として表示されるものが其の多數者の階級的利害に一致すると主張するわけではない。經濟上又は知識上優越せる少數者が、精神上多數者を自己に奉仕せしめ、斯くして多數者の意志は無意識の間に少數者の利益を促進すると云ふ場合が生じ得るのである。

されば同一のデモクラチツクな國家制度と雖も、種々なる國々、及び種々なる時期に於ける其實際上の應用に就て云へば、種々樣々な利害に奉仕し得るのである。若しデモクラチツクな一國をデモクラシイと名づけるとすれば、ブルヂオア的デモクラシイなものも存し得るし、又農民的デモクラシイなるものも存し得るのである。たゞ不幸にして我々は未だプロレタリア的デモクラシイなるものを知らなかつたのである。プロレタリアが種々なる國家に於て既に人民の多數を制してゐる事は事實である。けれどもこのプロレタリア中の顯著なる部分は、猶未だ精神上ブルヂオア特に其の知識階級――カトリツク黨をも舍む――に依つて指導されてゐる。プロレタリア中の階級的に自覺せる戰鬪的分子は、産業の發達せる諸國に於ても猶少數者たるに過ぎぬ。尤もこの少數者たる、斯くの如き産業諸國に於ては、今や多數者たるに近づきつゝあることは事實である。

それにも拘らず、デモクラチツクな國家に於てすら、プロレタリアはブルヂオア的指導から完全に脱却し得ることは無いと信じてゐる多數の政論家が存してゐる。されば共産主義者達は、今やデモクラシイの國家制度に對する敵抗を宣明してゐるのである。彼等は、デモクラチツクな國家制度なるものはブルヂオア的階級支配の一手段たる以外には何物でもあり得ないと主張するのである。彼等が制度としてのデモクラシイまでをも一概にブルヂオア的と稱ふるにいたつたのは之れがためである。

共産主義者の外に猶、ブルヂオア的國家制度なるものはプロレタリアをばブルヂオア的社會の基礎上に引止め置く。右と同樣の力を有するものと主張する所のブルヂオア的政論家達がある。彼等はプロレタリアを怖れるが故に、デモクラシイに味方することを辭せないのである。これと同じ部類の論者に、自らはプロレタリアの眞の味方でありながら、而も現存以外の社會形態なるものを考へることが出來ず、政治上の自由及び平等の權利のみを以てプロレタリアを滿足させるに充分であると信じてゐる人々がある。之等の政論家は一括して、かのブルヂオア的デモクラシイの政論家と稱せらるゝ一派を組成するのである。我々が從前ブルヂオア的デモクラシイを云爲せる場合念頭に置いたのは、主として斯る人々であつた。

マルクス及エンゲルス竝に、其學徒の考ふるところは、これと全く趣きを異にしてゐた。彼等は、プロレタリア的階級鬪爭をば、單に經濟上のみならず又政治上にもプロレタリアをブルヂオア的指導から脱却せしめ、プロレタリアをして獨立の一黨としてデモクラチツクな國家制度の基礎上に獨立の政治を行はしむる手段と看たのである。之等の諸先輩が、プロレタリア的デモクラシイ即ち社會民主々義の一黨を組織するに就き爲さねばならなかつた第一の仕事は、デモクラシイの單なる存在のみを以つてプロレタリアを滿足せしむるに充分であると説くブルヂオア的デモクラシの幻想を破壞することであつた。今や共産主義者達は、之れと同一の事を我々に立證せんが爲め長々と御談義を試みてゐるが、これに就き彼等が得意然として例に擧げてゐるものは又もかの亞米利加である。彼等が我々に云ふところは、我々は既に半世紀前から知つてゐるのである。たゞ異るところは、我々は此の事實から、單なるデモクラシーのみを以てしては不充分であると結論するのであつて、單なるデモクラシーは排斥すべきものであると結論するのではないと云ふ點である。デモクラシーが斯く不十分であると云ふ事實は、プロレクリアが精神上猶獨立し居らぬところに於て明かに現はれ來たるのである。其處で我々は、デモクラシーを排斥するのではなく、プロレタリアを精神上成熟し獨立せしめねばならないと云ふことになるのである。

デモクラシーを排斥する人は、デモクラシー以外の他の國家制度の實現を期さねばならぬことゝなる。デモクラシーなる形態以外に我々の考慮し得る國家形態上の類型は二個あるのみである。夫れは即ち、オートクラシーアリストクラシーとである。オートクラシーなるものゝ存し得るのは、種々なる社會階級が――、從つて上層階級も亦――極めて微力であり、國家の器官たる軍閥官僚は極めて強大であつて總ゆる階級の上に立ち總ゆる階級を支配し得ると云ふ場合である。官僚及び軍閥は常に等級的に組織されてゐて、その最高地位の一人者を頂いてゐる。其處で此の一人者が獨裁者となり專制者となる。而して此の專制者たる、有らゆる政治上の權力と權利とを我が手に集中してゐるのである。彼れが之等の權力や權利を其寵臣に分與するかしないか、又その幾分を分與するかと云ふ事は、悉て彼れの任意に屬してゐるのである。

反對にアリストクラシーの下に於ては、一個の階級が極めて強力であつて總ゆる政治上の權利を獨占し、此の獨占をば國家制度の上に確立し得る位置にある。アリストクラシーとデモクラシーとの違ひは、アリストクラシーは階級支配を代表し、デモクラシーは階級支配を代表しないと云ふことではなく、アリストクラシーの下に於ては、一定階級の支配が國家制度の上に確立され、國家に依つて支持されてゐるに反し、デモクラシーに於てはさうではないと云ふ點に在る。デモクラシーに於ては、社會的權力關係の變動と共に支配階級も又異つて來るのであるが、アリストクラシーに於ては、常に同一の階級が國家權力を掌握してゐる。國家制度としてのデモクラシーに一定の階級的性質を附與するは不條理な事であるが、斯る階級的性質こそ正にアリストクラシーの本質を成すものである。

デモクラシーなるものはそれ自體に於て階級的對立を撤廢するどころではなく、寧ろ階級的對立なるものはデモクラシーに於て最も鋭く現はれ來たるのである。何故ならば、デモクラシーの下に於ては、此對立は他の何等の要素に依つても隱蔽さるゝことは無いからである。アリストクラシーの下に於ては、貴族階級に對する他の諸階級の共同的戰鬪の行はるゝ結果、階級的對立なるものは貴族階級以外の他の諸階級の間には存在せざるものの如く見えて來る。而して此の戰鬪は、主として國家制度を顛覆せんとする戰鬪となるのである。反對にデモクラシーの下に於ける階級鬪爭は、國家制度の基礎上に行はれるのである。

デモクラシーは伸縮自在のものであつて、經濟上の發達に依り社會的權力關係の上に生ずる諸變動に順應するのである。反對にアリストクラシーは固定的のものである。アリストクラシーの下に於ては、斯る順應はたゞ強激なる破裂に依り、キアタストローフに依つて行はれるに過ぎないのである。

けれどもアリストクラシーは貴族階級にとつては最も便利な國家形態である。デモクラシーの下に在つては、如何なる政黨も如何なる階級も永續的に自己の地歩を維持する事は出來ぬ。デモクラシーの下に自由と生存とを得んとするものは、日々これを獲得してゆかねばならないのである。反對にアリストクラシーの下に於ける權力階級は、一度び國家權力を自己の手に奪ひ、自己の考ふところに從つて國家を形成するの目的を達したる後は、最早その勞を必要としないのである。他の悉ての階級は、權力階級に對しては權利も無く武装も無い。さればアリストクラチツクな國家制度を革命し得るには、豫め社會的權力關係の上に、異常なる變動が行はれてゐることを要するのである。從つてアリストクラシーに對する革命は、それだけ益々根本的となるのであるが、これに反してデモクラシーが大なる劇動を齎らすことは極めて稀れなのである。

從來アリストクラシーの下に權力者を形成せる階級は、社會の事情が許す限り種々樣々なる階級であつた。然し最も屡々見出されるのは世襲的アリストクラシー制度である。帥ち幾つかの家族をして、政治上の權利を自己及び自己の正統なる子孫のために獨占せしむる制度である。斯樣にして封建的アリストクラシー階級を形成せるものは、概して大なる土地所有者の家族であつた。

資本制ブルヂオアの出現するやいなや、此の階級もまた政治上の權力を掌握しようと努めた。此の階級は一部的には、世襲アリストクラシー階級の政治的獨占を破壞せんが爲めに、勞働階級たる小ブルヂオア、農民プロレタリア等と結合し、斯くしてブルヂオア的デモクラシー黨を成すに至るのであるが、一部的には又早くもデモクラシーに依り勞働階級が權力を確保するに至り得ることを警戒し、在來の族姓的アリストクラシーに代ふるに貨幣的アリストクラシーなる新種類のアリストクラシーを以つてせんとするのである。此の新たなるアリストクラシーは、制限選擧權や、保證金及び印紙税に依る新聞紙の制限等を支持し、プロレタリアが政治上の鬪爭に關與することを無限に困難ならしめ、屡々また全く不可能ならしめんとする。共産主義者達の主張するところに依れば、ブルヂオアは最初よりデモクラシーをば、自己の權力維持に最も適當した國家形態と見做してゐるとの事であるが、これより太しき謬見はないのである。寧ろ反對にプロレタリアの階級鬪爭は、普通平等的選擧權及び完全なるデモクラシー一般の爲めの苦き鬪爭に外ならぬものであつた。

依是觀之、露西亞の社會民主黨なるボルシエヰーキが一九一七年政權を掌握せる時、ツアーの專制政治を顛覆する事に依つて漸く獲得したばかりの普通選擧權や一般的なる出版及び結社の自由等を含むデモクラシーをば直に撤廢して、斯るデモクラシーの代りに新たなるアリストクラシー、――而も最も奇怪なる種類の――なるプロレタリア的アリストクラシーを樹立する以外に何等施すべき策を知らなかつたと云ふことは、益々驚くべきことゝなるのである。

當時に至るまでは、何人も斯くの如きアリストクラシーの存在を考へなかつたであらう。元來プロレタリアなる概念は、デモクラシーと極めて密接に生成したものであつて、露西亞の新たなる權力者達も其生兒をばプロレタリア的アリストクラシーと云ふ正當なる名稱を以つて呼ぶことを敢へてしなかつた程である。彼等はデモクラチツクなる國家制度をば、ブルヂオア的デモクラシーと稱ぶことに依つて、それに對する勞働者の信用を失墜せしめようとした。そして彼等は新たなるサウヱート的アリストクラシーをば、プロレタリア的デモクラシーと稱ぶことに依つて、それに對する勞働者の氣受を得ようとしたのである。然しデモクラチックな國家形態をば一定階級の支配と同一視することの不條理なるは、我々の知る所である。一定階級の支配を明白に確認する所の制度は常に一のアリストクラシーである。

プロレタリア的アリストクラシーなる概念は頗る奇異に聽えるが、然し此概念は目前の權力關係がプロレタリアにとり不利であつて、プロレタリアが差し當りデモクラシーに依つて國家權力を獲得する見込みなき國家に於ては、極めて通俗となつてゐるのである。されど斯くの如き國家に於て露西亞流の遣り方が目的の達成の上により早道であると信ずるものがあるとすれば、其人は實に此の露西亞派の遣り方は、斯く容易に反覆さるゝ事なき異常なる事情の産物であると云ふ事實を忘れてゐるのである。實に露西亞以外に於て人爲的に斯くの如き事情を造り出さうとする一切の企圖は、悉ての暴動が頓挫せねばならぬ如く頓挫したのである。

プロレタリアなるものは通例の事情の下に於ては、アリストクラシーを樹立すべき實力を獲得する見込みを毫も有してゐないと云ふ階級的位置にある。尤もプロレタリアが、其の數、結合獨立等に於て他の悉ての階級に優つて居る揚合は別であるが、斯る事情の下に在つてはデモクラシーに依る方が自己の目的を達する上に確實適當である故アリストクラチツクな國家形態に依る特權は之れを要しないことになるのである。

然しプロレタリアの階級的位置は、プロレタリアが國家内にアリストクラチツクな位置を獲得する事を極めて困難ならしめると云ふのみではなく、又斯るアリストクラチツクな位置を固守する事と一致しないのである。

從來のアリストクラツトは、總て搾取階級であつた。彼等は搾取に依つて、國家の存立上重大なる能力をば被搾取民衆に比し著しく發展する資力と閑暇を獲得したのである。中世に於て武器の操縱を心得てゐたものは貴族のみであり、高級知識を所有せる者も亦一種の貴族たる僧侶に限られてゐた。然るに多數の民衆は無智にして防備無きものであつた。中世に於けるアリストクラシーの實權は、實に此の事實に立脚せるものであつた。

今日の勞働プロレタリアは、普通教育に於ても、又軍事上行政上の專門知識に於ても、從前自己を凌駕してゐた諸階級に打ち勝つべき資力も閑暇も有して居らぬ。從つてプロレタリア的アリストクラシーが成立するとしても、軍隊の指揮は之れを舊來の將校等の手に委ね、國家の行政は之れをブルヂオア出の知識階級の手に委ねねばならぬであらう。然らずんばプロレタリア自身之れが活動に必要なる知識を獲得しなければならぬ。此場合には、プロレタリアは最早生産に從事するプロレタリアではなくなる。即ち斯くの如き事は生産行程を犠牲としてのみ行はれるのであつて、生産行程は爲めに忽緒に附せられ破滅に歸することゝなるのである。

筋肉勞働者の階級は政治上の教育に於て、他の諸階級と同等の位置に立つやうになり得る。而して之れが若しデモクラチツクな國家組織の下に行はれるとすれば、筋肉勞働者階級は最も多數の成員を包括するに至つた時――特に其の國の軍隊が單なる國民軍に過ぎぬ場合に於ては――支配權を掌握するに至るのである。此の級階が搾取的アリストクラシーと同樣に教育上他の總ての階級を凌駕し、而して他の總ての階級が唯一の武装權力としての此の勞働階級に對して全く防備なき状態に立つと云ふ結果に到達することは、決してないであらう。

サウヱート的アリストクラシーが其の支配的性質を強調すればする程、此のアリストクラシーは益々プロレタリア中の最良分子を奪ひ取つて、之れを軍隊と官僚とに供げねばならぬことになる。サウヱート的アリストクラシーが生産行程を促進しようとすればする程、プロレタリアは益々其の支配上の任務を非プロレタリア的分子に任かさなければならなくなる。

斯くしてプロレタリア的アリストクラシーは、其の可能なりし稀有の場合に於て絶えず、産業的に破滅するか、然らずんば新たなる軍閥官僚的オートクラシーに隷從するかの二者其の一を選ばねばならぬ破目に立つてゐるのである。

プロレタリアをして政權を獲得し之れを永久に確保せしむる常道たるものは、單りデモクラシーのみである。

本文に於ては、一の類型としてのデモクラチツクな國家組織に就て語るのであつて、之れは他の國家形態に就て語る場合にも同樣である。然し現實に存するものは類型ではなく個々體であつて、之等の個々體は其本質的質格に依つて所屬する所の種族の類型とは細目に於て多かれ少なかれ異るものである。之はデモクラチツクな制度を有する個々の國家に就ても同樣である。原生的な一般的自由が維持されてゐる瑞西原州の如き些々たる自治體を問題外に置いて考へるならば、近世デモクラシーなるものは、何處に於てもオートクラチツク又はアリストクラチツクな制度に對する鬪爭に依つて獲得されたものである。而して近世デモクラシーは、猶未だ其の發生に附隨せる幾多の卵殻を擔つてゐる。佛蘭西は彼の大革命に依つて、アリストクラシーの殘留を根本的に破壞したことは事實であるが、然し其の軍國主羲と官僚とは、今猶兩ナポレオン帝國時代の幾多の特徴を示してゐる。英吉利に於ては、如何なる軍國主義も如何なる官僚も、支配的權力に發達し得なかつたことは事實であるが、それにも拘らず同國には今猶例へば上院の如き有力なる貴族制度が見出されるのである。

獨逸帝國に於ては、一九一八年の革命當時に至るまで、軍閥官僚的分子は貴族分子と共に極めて強大であり、デモクラシーは總じて殆んど問題たり得なかつた程である。

亞米利加合衆國でさへも、其の成立當時に於ては、北方の農民的デモクラシーと、南方の貴族的奴隷所有諸州との混合體であつた。而して前世紀の六十年代に至るまでも、偉大なる亞米利加デモクラシーは、黒人奴隷制度に依つて汚辱されてゐたのである。

完全なるデモクラシーは未だ何處にも存して居らぬ、けれども現存の個々デモクラシー國家の缺點を指摘する事に依つて、デモクラシーは無價値なものだと斷定するは不當な事である。斯くの如き缺點は、寧ろプロレタリアがデモクラシーの完成に努むる事の必要を證明するに過ぎないのである。實にプロレタリアは、他の總ゆる階級にも優して此の任務を有してゐるのである。プロレタリアは他の總ての階級にも優して完全なるデモクラシーを實現する事に利害關係を有してゐるからである。

勿論國家制度のみを以てして――假令それが如何に完全であるにしても――プロレタリアの要求を滿足せしめ得るものでない事は事實である。資本制搾取の害惡は、國家制度のみに依つて除去されるものではない。我々がデモクラシーを獲得しようと努めるのは、デモクラシーなるものが一の牧謠として我々の目に映ずるからではなく、資本對プロレタリア間の階級的對立を鬪ひ盡すに就ての最良の地盤たるが故である。

我々は又、單なるデモクラシーのみを以てして社會化時代たる今日表面に現はれ來たる國政上の總ゆる問題――簡單に概括すれば、國家をば支配機關たる位置から社會上の目的に應ずベき行政機關たる位置に轉化すべき任務に基く所の問題と云ひ得る所の――を解決し得ると信ずるものではない。普通平等選擧權の實施に伴ふ諸種の團體以外に尚、專門家の諸團體及び勞働組合、勞働評議委員會、ギルド等の如き諸種の職業團體も亦、大なる役目を演ずることゝなるであらう。此の方面に於て我々は猶幾多の學ぶベき事柄を有してゐる。我々は露西亞に於けるサウヱートの經驗に依つても、幾多の有益なる教訓を與へられ得るであらう。

斯くの如く、單なるデモクラシーのみを以てしては、社會主義的生産の組織には不充分である。けれども萬人の平等的權利か一階級の獨占的權利か、換言すればデモクラシーかアリストクラシーかと云ふ問題に當面した場合には、我々はプロレタリア的アリストクラシーに反對しても、斷乎としてデモクラシーに味方せねばならぬのである。


底本:『解放』第四卷第二號(大正十一年二月)

注記:

※本論はカウツキーの寄稿論文を翻訳したもの。本論の前に「カール・カウツキー小傳」、寄稿論文の原稿(寫眞)、カウツキーの寫眞を、末尾に「伯林便り」(黒田禮二)を附す。

改訂履歴:

公開:2006/01/21
最終更新日:2010/09/12

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