國家社會主義の色わけ

高畠素之


■無政府主義者はマルクス派社會主義を國家社會主義と稱して輕蔑し、マルクス派社會主義者は又、社會改良主義を國家社會集義と呼んで冷笑する。マルクス主義も改良主義も、國家にたよる點に於て、無政府主義者から見れば共に同じ穴の貉である。

■然し同じく國家にたよるのでも、マルクス派社會主義は國家に依つて社會主義を實行しやうとし、社會改良主義は國家に依つて資本勞働の調和を行はうとする。此點に兩者の越え難き溝がある。

■其ればかりでは無い。一口に『國家に依つて』と云ふても、改良主義のは其目的に『國家の爲』と云ふ意味が含まれてゐる。然るにマルクス主義のは國家の爲でなくて、社會主義の爲に、國家を使つて社會主義を實行しやうと云ふのだ。

■所で我々の國家社會主義は何うかと云ふに、我々は資本勞働の調和を斥け、國有主義を實行しやうとする點に於て、マルクス主義と全く立場を同じくするものであるが、一方に社會主義を國家の爲に、國家の手で行はうとする所に、趣旨に於て社會改良主義と共通した點がある。

■つまり我々の立場は、經濟上にはマルクス主義を應用し、政治上には社會改良主義の精神で行かうと云ふのだ。社會主義と國家主義との綜合と云つても善い。大和魂にマルクスの智慧を注入したものと見ても善い。


底本:『國家社會主義』第一卷第一號(大正八年四月一日)
英文誌名:THE NATIONAL SOCIALISM,Vol.Ⅰ. No.Ⅰ, Apr.,1919,Office:BAIBUSHA, 1=Chome, No.4, Yurakucho, Tokyo.

改訂履歴:

公開:不詳
最終更新日:2010/09/12

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