高畠素之
菊池寛君は『人にケシかけられて喧嘩する土佐犬の樣に簡單でない』といはれたが、これは土佐犬を侮辱するの甚だしいものだ。土佐犬といふものは、人にケシかけられて喧嘩する程簡單ではない。ケシかけられるられぬに拘らず、□押□ゐるゐないに拘らず、敵と見れば無言のまま猛然慕進するのが土佐犬の特色なのだ。尤も土佐犬の方はさうであつても之を見てゐる我々は人情の塊りだから、贔負の犬を見て默つて居らねばならぬ義務はない。そこで聲援もあがり、ケシもかけられる譯だが、それを犬の方からぐずぐずいはれては、聊か引き合はぬ樣な氣もする。尤もそれ程の氣象の犬なればこそ、贔負してみたいといふ氣にもなるのだと思へば不平はない。
底本:第一次『局外』四月號(大正十二年四月)
注記:
欠落文字は「□」で著した。
改訂履歴:
公開:2007/02/11
最終更新日:2010/09/12
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