學界に與へる公開状

高畠素之

學界に與へる――といつても學界尚ほ文壇の如く、有るといへばあり、無いといへばない。しかし世間で通用する限り、有るといつた方が無難であらう。學界の一メンバーとなるには敢て規定された手續を要せざること、恰も文壇人となるに何等の形式を要せぬ如くであるが、讀まれざる小説書きが文壇人と認められぬやうに、學問で衣食する人必ずしも學界の人とは云へない。教壇にチョークの粉を拂ふこと何十年に及んだところで、毒にも藥にもならぬ淡水のやうな文句を反覆してゐたのでは、世間も彼れを學界の一人と認めることを憚る。そこは案外世間の正直なところで、學問の本質上からいつても、まさに然るべき道理であらう。何等かの意味において、大なり小なり、世間の現實的進歩に貢獻するところのないやうな學問は、學問とはいひ難からう。

ところで、私が茲にいふ學界も、略々右の制限内に置かれる。而も廣い意味での社會問題と密接な交渉をもつところの諸學、なかんづく社會科學の分野を主とする。

しかし、社會科學の學徒といへば、すべて學界の人であるとはいへない。この分野の學徒にも、一向社會へ顏を出さず、講壇に閉ぢこもつて學生といふ強制需要者に、レデイ・メードの章句を切賣りするに止まる蓄音器の如き者もゐるからである。

人口過剩の文學志望者の中から、文壇の一人にまで出世する者には、何處か長所がなければならぬ筈だが、同じ道理は學界にも適用される。學問的職業に從事する人間の數は、數の子の粒ほど多いけれども、生きた世間を相手にし、相手にもされやうといふからには、何處か優れたところがなくてはならぬ。

學生が學校で物を教はるのは、學問そのものを修得するのが目的といふよりも、寧ろ卒業證書を得るのが目的で、その目的の爲めの止を得ざる手段として、無味退屈な講義にも出席するのである。學生に物を教へるのは、囚人に飲食を給するのと大した相違がない。四分六のハト飯だらうが、大根の葉ツぱだらうが、學生はこれを甘受する外はない。

世間を相手とする場合には、事情が大いにちがつて來る。世間は誰れの供給する學問を選擇すべきかについて、全く自由である。そこには自由競爭の學理が作用する。如何に博士で候のといつたところで、實際に效用のない代物は世間でハナもひつかけぬ。いや、博士のレッテルが舶來のレッテルと共に、商品の内容的價値をごま化し得た時代もあつたが、世間の學問的水準が向上し、博士學士がめずらしくなくなるに從つて、次第に瞞着がきかなくなつて來る。今日尚ほ博士のレッテルは多少の瞞着的效果を持つにしても、馬脚を看破される機會は多くなつてゐる。

數の子的學徒の多くは、意識的或は無意識的にこの事實に氣附いてゐるから、教壇に閉ぢこもつて街頭に出ることを恐れる。教壇に閉ぢこもつて、小僧達を相手にしてゐる分には、ボール紙の鎧も鐵の鎧らしく見せかけることが出來るが、世間の實際戰場に打つて出れば紙製の鎧は忽ちその本性を暴露し、滿身矢玉を受けてヘタ張るの外はない。法學博士と稱する某氏の如き、勞働者と雖もハツピの一枚ぐらゐ持つからには無産者でないなどと唱へて一世の物笑ひを招いたことは、有名な話である。

斯やうな譯で、私の謂ふ學界の人は、いづれも生きた世間を相手に、學界の前線に立つて活動してゐる人々であるが、これ等の學者を分類すると、アカデミー派と浪人派の區別がある。即ち在朝在野で、一方は大學・高校などに教授として録を食むもの、他方は市の學徒として、裸一貫の自給自足を營むものである。尤もこの浪人派にも、生へぬきの浪人と、天降り的浪人とがある。生へぬきの浪人とは、學校教育といふべき種の教育も受けず、隨つて何等の學校的背景も持たぬ獨學的一派で、天降り的浪人といふのは、學校畑に育つてアカデミーの一員となつた者が、仔細あつて浪人の仲間入りしたものである。浪人派とアカデミー派を數的に比較すると、アカデミー派は遙かに浪人派を超え、また浪人派中の二小派を比較すると、天降り一派の數は遙かに多く、生へぬきの浪人派はいたつて少ない。

昔は異學の禁などといふことがあり、官學を保護奬勵したが、明治政府は下は普通教育より上は大學教育に至るまで、一切の段階を官僚的に組織化し、學問は學校で學ぶべきもの、學問の卸元は學校といふことにしてしまつた。で、學問を志す者は學校の門をくぐるのが早道であり、何等かの事情で校門をくぐり得ない者も學校の學問を目安にし、教壇に立つて生徒を教へることは學者の本懷とされるに至つた。あらゆる研究機關が殆んど學校に獨占されてゐる状態の下では、學生たり教授たることが學問研究上絶對の便宜を有する。ただ、順當に學校の過程を踏むには、多額の學資を要するから、プロレタリアの子弟に生れた者は、この便宜から除外されて獨學と出掛ける外はない。相應の學問を究めて、それで身を立てる段になつても、著述一天張りで生活費を得ることは容易でなく、教職に就くことが一番安全である。その上に尚ほ、高等官何等の役人的肩書きも少なからぬ世間的效用と魅力とを持つ。それやこれやで、學問で身を立てようとする程の者は、相率ゐてアカデミーに流れ込むこととなり、現在目ぼしい學徒の大部分がアカデミーにゐるか、或はアカデミーから浪人組に天降つた者であるのは、これは自然的結果といつて差支へない。

學問的樂園たるアカデミーから天降つて、浪人組の仲間入りをした人々の中には、上司と意見合はず奮然野に降つた人もあらうし、新聞社などの招きに應じて名を捨て實を取つた人もあらうし、また色戀沙汰その他の原因で止むを得ず野に降つた人もあらう。斯ういふ人々がぽつぽつ蓄積して今日の浪人派學徒の大部分を形成してゐるのだが、殊に最近の共産黨事件は、天降り人種の大量生産を行つて、一氣に浪人組の膨張を遂げさせた。

學界に於けるアカデミー派と浪人派は上述の如くであり、兩派それぞれに右傾分子もあり左傾分子もある。けれどもかたぎの上で、兩派の間には對立的の特色があり、浪人派は一體に苦勞人多きを以つて、思想も獨りよがりでなく、表現に通俗半明を期する努力がある。一方アカデミー派はお坊つちやん流の獨りよがりと難解專門的な表現とを特色とし、前者をジャーナリスチックといへば、後者はナマ學究的と稱すべきであらう。浪人派の中でも、アカデミーから天降つた一派は、この學究的臭味が仲々ぬけず、殊に新來の天降り一派と來ては、寧ろその臭味を強調することによつて氏育ちの素性を誇らうとする傾向が見える。これはアカデミーの特色を傳承するもので、本來の浪人派かたぎと區別すべきである。

一體、學問の自由尊嚴や研究の神聖を喋々し、その神殿に仕へる學者をひどく偉い者のやうに考へさせるのは、アカデミー學者の通弊である。古くはかの森戸事件、佐野事件といひ、近くは共産黨事件といひ、大學や高校に事ある都度、學問の自由や研究の神聖が叫ばれてゐるが、これは極めて得手勝手の我田引水論と申すべきである。國家は國家自身の存在に有害と認めた如何なる思想、如何なる行動をも、憚るところなく國權を以つて抑壓し得る。日本國民は誰れ一人として、國家が有害と認めた思想や研究の獨立自由を與へられてゐる者はない。然るに、大學の學生や教授だけにその自由を與へよといふのは、國情の一視同仁を否定して、特權階級の治外法權を作らうとするものである。元來、大學は國家の設立または保護にかかるもので、教授は國家によつて衣食を給され、學生は月謝相應以上の便宜を、國家によつて與へられてゐる。その點からいへば、教授學生は常人よりも一層窮窟な國家の監督を受けて然るべき道理である。然るに、保護だけは國家から受け、研究の方は自由にさせろといふ。それでは、めしだけはお前のものを食はせろ、行動は俺の勝手にさせろといふに等しく、甚だ蟲の好い了見といはねばならぬ。

學問の自由とか、研究の神聖とかいふ、蟲の好い要求も、畢竟するところ、學問を何かしら特別の存在のやうに思はせ、それで結局學問を高く賣らうといふ有意無意の動機に出づるものであらう。その意味で、學問は高尚なもの、常人には容易に解らぬものと信ぜしめる必要もあるのだらう。解つても解らなくても、月謝のため、卒業證書のため、先生の喋べることを鵜呑みにすることを第一と心掛ける學生を日常の相手としてゐる教授諸君は、往々にして文章は他人に讀ませるものだといふことを忘れ勝ちになるらしい。そこへ持つて來て、上記のやうな必要が加はるとなれば、ますます難解の輪をかけるのは當然である。學界の誰れ彼れと指名する迄もなく、私などが相當の尊敬を惜まない學者でさへ、その文章の難解の故に少なからず學殖的價値を割引きされる場合がある。私はかつて或學者の或る論文に關し、こんなことをいつたことがある。『あの論文は一讀して十分に意味が呑み込めなかつた。再讀して大部分は無駄文字ではないかといふことに氣づいた。ただその無駄文字が、廻りくどく難澁であるため、一見無駄文字たることを發見するに困難であるといふに過ぎないやうな氣がした。無駄文字をも難解にすることが、學者の尊嚴であるか、學者は學問の卸元であつて、常人はただ學者の紹介を通してのみ學問の小賣を受くべきものだとしてゐるかも知れないが、それなら鍍金を眞物のやうにして賣りつけられた顧客は、憚るところなく文句を言ふべきである。讀者がボヤボヤしてゐるから、學者や發行者は圖に乘つて僞物の販賣に深入りするのだ。解らないことが、讀者の頭の惡いせゐばかりだと思つて隱しく瞞着されてゐる限り、學者の淘汰は到底望まれない』と。

浪人派の中でも、天降り分子はアカデミズムの風が抜けず、つまらぬ宣傳にもペダン振りをヒケラかす。殊に鼻持ちのならないのは、例の大學的マルクス小僧どもだ。やれイデオロギーの、辯證法のと、呂律も定かならぬ舌での直譯的公式口調は、いかにも、拙者は學者でござるといふ風が見えて、見るも胸惡くなる次第である。そのまた尻馬に乘つてワイワイ騷いでゐる親がかりのボーイたちを見ると、人の子の親たるまた難いかなとつくづく感ぜざるを得ぬ。

近頃は法文の民衆化といふことさへ唱へられてゐる世の中だ。何々スルコトヲ得の片假名書きを、感じの軟かい平假名に更め、入れるべき句讀點を入れ、努めて平明な解し易い文句を用ひようといふのだから、その心掛けを讚めてやらねばなるまい。法文を斯く民衆化したからとて、法律の效力が底下する譯もなく、法官の威嚴を損ずる譯でもない。寧ろ舊弊の臭氣滿々たる從來の如き法文は、進歩的な民衆の輕蔑を招く所以に外ならない。同じ意味で、世間の學問的水準が向上した今日では、最早や文章の難解やペダン口調の驅使によつて學問的尊嚴を高からしめることは時勢遲れといつてよからう。まだまだ舊來の風習が殘つてゐるは相違ないが、民衆の常識はますます向上するし、難しさうな外觀で内容のたわいなさを胡魔化さうとする政黨宣言に類した學問的論著は、やがて世間から見向きもされぬ時勢が來るだらう。

親の脛をかぢり通して學校畑の温室に育つたアカデミー學者は、世間知らずで、學問を生活實感から引離して公式的なものにしたがる通弊をもつてゐる。支那出兵だといへば、それ帝國主義だと一も二もなくレニンあたりの口吻をそつくり其儘擔ぎ出し、巡査に撲られたと聞いては直ぐに資本家の走狗と罵り、支那と日本の特殊關係も、巡査が血の氣の通ふ人間だといふ事實も、一向反省しようとしない。自分の事業は獨裁主義でやつてゐながら、世間に向つては平然とデモクラシーや自由主義を高唱する。理論が自分の生活實感から離れてゐても平然でゐられる。世の中の一切萬事を、一つ覺えの公式的理論の型に嵌め込んで解決しようとする。その嵌め込みが無理でも矢理でも一向お構ひなし。獨りで好い氣に納つてゐるところは、いかにもお坊つちやんらしい御愛嬌である。

ところが、斯ういふお坊つちやんでも、人間的動機に於いては凡人と少しも異らず、利に敏く、至つてエゴイスチックである。この點は何うして仲々偶に置けない。閥的野心、獨占慾、利害心、等は、常人の思ひ及ばぬ點にまで發達してゐる。

學界に於ける閥的勢力爭ひに關しては、多言を費すまでもなく、世人がよく知つてゐる。政界に於ける黨閥、財界に於ける財閥と等しく、學界に於ける學閥も遺憾なくその作用を發揮し、有力な閥的背景を有せぬ者は、學識はあつても容易に教授となり博士となることが出來ぬといつた有樣である。

學者の獨占慾も俗人と異るところはなく、ただ獨占の對象を學問的方面へ持つて行かれるだけ、餘計に榜が迷惑する。或るブルヂォア紳士は自分一人だけ最新流行を誇りたいために、新輸入の外國製ネクタイの一種を買占めるといふ話を聞いたが、それによく似て一層罪が深いのは、新輸入の新刊書を買占める學者である。有名な藏書家で、同時に文獻考證の大家たる定評がある某博士は、その衒學の必要上からか何うか、常に斯ういふ買占めをしてゐるといふ。この獨占慾は單に、他人の持たぬ物を持つといふネクタイ的獨占の如きたわいもない動機から出づるものでなく、多分の商賣氣が加味されてゐる點に於いて、一層罪が深いといふのである。丸善の新着書を買占めるといふ例の外には、學校圖書館の目ぼし書物を自分の研究室へ持ち込むといふ一例がある。これは何處の學校にも行はれてゐることらしく、よくそれについて學生の不平を耳にする。學校の費用を以つて、圖書館用の名儀で書物を購入させ、それを自分の研究室に閉ぢ込めてしまつて外へ出さない。甚だずるい遣り方である。さうまでして、良書が多くの人に讀まれることを妨げるといふのは、つまりその書物によつて得られる知識を獨占し、これを一手販賣的に切り賣りしようとする、さもしい了見から出發するものである。外國人の著書の飜譯權を獲得して置いて、いつ迄もその飜譯に着手しないのも、同罪たるを免れない。自分の講義の種本が飜譯されてしまつたのでは、講義の有難味が薄くなり、内懷ろを見透かされるといふので、飜譯妨害をやるのに相違なからうが、そのため世間の學問的進歩を沮むことは莫大である。適當の譯者がありて、良書の飜譯を思ひ立つても、翻譯權が他人の手に握られてゐては、何うにも仕樣がない。

學者の利害心も、俗人そこ退けの觀がある。圓本流行の初期には、圓本を輕蔑した學者が二三ならずあつた。圓本などといふ俗つぽい體裁の下に出版するのは、學問の權威を傷けるとでも考へたのであらうか、或はまた、安價な時流を追はずとも立派な單行本として十分高價に賣れると考へたのであらうか。しかしそれらの高踏的な學者も、やがて後れ馳せに、殆んど皆な圓本に參加してしまつた。圓本の流れが捲き起した出版界讀書界の變動は、それらの高踏的な學者の利害心を動かさずには置かなかつたのである。

圓本の流行はたしかに我國の出版界讀書界に一大エポックを作つたものである。圓本の文藝書類は文藝の社會的浸潤に貢獻したが、その後續々現はれてゐる硬派物の圓本は學問の社會的進出を促した。學問が學校の祭壇から解放されて、市井の常人に近づき易いものとなつたのである。圓本は最初、單に安いからといふ動機で、一寸した好奇心を動かすに止つたとしても、それはやがて一般民衆の讀書慾を刺戟し、大なり小なりの程度に於いて、彼等の學問的常識を高めた。圓本流行の始め、文藝書は兎も角學術の圓本は賣れ行きが何うかと懸念されたらしいが、實際に學術物の圓本を出版して見てこの懸念は一掃されたのであつた。この事實によつて考へると、從來、世間の人々の間には、學問的慾望がかなりな程度に漲つてゐたことが知られる。それは近年急激に發展して來た社會問題が、一般の知識慾を刺戟した結果かも知れぬ。兎に角、學校以外のところに、廣く學問の種を播くべき場所が準備されてゐたことは事實である。しかし、從來の學術書が比較的高價で、而も一般民衆に對する誘引を無視してゐたために、特志者でなければ學術書に近づく機會がなかつた。然るに圓本は專ら民衆を目標として、安價に有名な學術書を提供したために、忽ち人氣を沸騰せしめて、意外の成功を収めたのである。

今日では學術書で圓本として出版されてゐるものが少なくない。今後もこの傾向は相當永續きするだらうと思はれる。出版屋をして、一夜成金たらしめるやうな狂熱的な状態は見られなくなるかも知れないが、普通の状態として、圓本流の大量生産が尚ほ持續することは考へ得る。世間は既に、一圓内外の錢で相當立派な本が買へるといふ經驗をした。今日では既に、圓本が特別に安いとも感ぜられなくなつてゐる。この大勢を昔に還すことは到底不可能である。そこで、餘程特殊の研究書でもない限り、高價な單行本はますます賣れなくなるに違ひない。いや、現在が既にさうなのである。

高價な單行本では到底商賣にならぬから、出版屋も色々工風を凝して安價な大量生産的の提供方法を講ずる。レクラム版の模倣がその一つだ。圓本として出版出來ぬものは、何とかさういつた方法を講ずる。そこで、象牙の塔に納つて、高踏的な立場を享樂してゐた學者たちも、この大勢の前には屈服せざるを得なくなる。圓本を輕蔑した口で、今はそれに對して賞讚の辭を唱へざるを得なくなる。だがこれは、社會にとり、學者にとつて本懷でこそあれ、毫も嫌惡すべきことではない筈だ。學問が少しでも深く社會に行亘ることは社會の幸福であり、學者の目的に副ふ所以でもある。しかし、斯うなつて來ると、學者たるものもまた大いに了見を入れ換へねばならぬ必要に迫られるだらう。

第一、學生に教へるやうなつもりで、一般民衆に本を讀ませることは許されぬ。學生は先生の口述を筆記してその儘暗記すればそれで濟むといふ考を持つてゐる。しかし民衆は、何も卒業證書を貰ふのが目的ではないから、讀むに從つて理解を求め、納得の行くところに滿足を感じ、分けの解らぬことを無理に讀まうとはしない。そこで學者は、文章の難解で内容をゴマ化さうとしても、もはやゴマ化し甲斐がないことを覺悟しなければならぬ。難しい言葉を矢鱈に列べ立て、直譯流の口調で勿體振つて見たところで、徒らに讀者の反感を招くに過ぎぬ。學生は本を讀むのが商賣だが、一般の人々はさうでない。何等かの仕事を持つてゐて、その餘暇に本を讀むのである。而も當今の世相はますます煩忙となり、人間はせつかちになつてゐる。『大學の』素讀(1)を一年も續けた昔とは違つてゐる。直ちに讀んで直ちに解るといふことが、現代の書物の理想でなければならぬ。學術書がお茶を呑むやうにさう易々とこなせるものでないことは勿論だらうが、それにしても出來るだけ理想に近づく心掛けは、書物を作る者の持たねばならぬところである。

圓本の流行は、はしなくも出版界讀書界に一大旋風を捲き起し、隨分あわて切つた出版屋もあると共に、ひどい醜體を曝露した學者もある。某出版屋の如きは、豫約を以つて讀者を拘束する如きことをせずと得意げに宣言してレクラムまがひの非豫約出版をやつたのは罪がないとして、未だその舌の根の乾かぬうちに或る圓本全集物の豫約をやり出した。それには例の共産博士なども參加したが、その廣告では、非マルキシズムに低迷するところに何のマルクス全集ぞやなどと盛んに競爭相手の同種全集物をコキ下してゐた。またこの博士はその譯書『資本論』に對する福田徳三博士の批評を反駁して、反動派の陣營に於ける窮餘の一策だなどと喝破した。そこまでは甚だ景氣がよかつたが、今はどうかといへば、自分の牛耳つた全集が御吹喋だけで立消えにならうとし、また自分の參加したレクラムまがひ物の景氣が一向に思はしくないといはれてゐるとき、曩に反動派と罵倒した福田博士とガン首を竝べて、處もあらうに自分の『資本論』マルクス全集を散々ヘコマせて呉れた當の相手の出版屋のお情けに縋つて、此道だけは別だといはんばかりの風體で後れ馳せながら頻りに圓本のうま味にありつかうとしてゐる。これが當世學者かたぎとでもいふのであるか。それも強ち惡いといふのではないが、そんならそれで、例のお筆先き染みたペダン滿々の勿體振りだけは願ひ下げにしたいものだ。そんなことで、今の世の讀書子がばかせると思ふやうな齡でもない博士だとは思ふが、多年田舎にゐて苦勞知らずの書生たちにちやほやされるとつひそんな氣にもなるものか。

この博士とその流派の小僧たちは、幸か不幸か例の共産黨事件の餘波を受けて大學を放逐され、學界の浪人派に天降つて來た。この連中の言ふことを聞いてゐると、マルクスの言葉は片言隼語の末に至るまで絶對の眞理であつて、批判を挾む者は反動派であり、社會主義の仇敵ででもあるかにきこえる。彼等はマルクスの宣傳者であつて、研究者ではない。信者であつて學徒ではない。さういふ彼等が、社會科學研究指導の名目の下に、何を學生だちに煽動したか想像するに難くない。だから官憲が彼等を放逐したのは當然である。彼等自身に於いても、學校といふ狹い窮窟な場所から、廣い世界に向つて解放されたことは、寧ろ活動の天地を與へられたのであつて、大いに慶賀すべきである筈だ。お上の給料を食みながら、共産主義の宣傳に從事したいなどといふのは土臺蟲がよすぎる。だが、野に降つて見ると、學校から給料を貰ふやうな具合に、易々とお金は儲からぬものだ。そこで、昨日まで惡口ついた敵陣に頭を下げねばならぬ破目にも陷るのだが、腕一本脛一本で浪人稼ぎをするのが何んなに生やさしくないものだか、學校の温室内で勝手な熱を吹いてゐる場合と、吹き曝しの世間で現實の障害と絶えず鬪ふ場合とでは、如何に勝手が違ふものだか、今になつて思ひ當る節があるであらう。

大學は現在のところ、共産主義宣傳者の保育所だといつて差支へない。別して官立大學がさうである。私立大學はお上が恐い。下手を間誤つけば、飛んでもないお目玉も頂戴しなければならず、閉鎖でも命ぜられればそれ切りである。ところが官立となると、教授たちはみな官吏であるどころか、地方へ行けば良二千石も大學總長には頭が上らぬ。學校そのものが國家の施設であるから、容易に手が下せない。それを好いことにして、主義カブレの教授たちが勝手な熱を吹き、何か干渉でも出れば、やれ學問の神聖の自由のと手前勝手を吐くのである。早大が例の佐野事件や大山事件以來打つて變つたやうに穩しくなつたに反し、官立の諸大學や高等學校などには、いまだに左傾教授ががン張つてゐるのでも知れる。尤も、例の共産黨事件以來、多少言説を愼しむやうになつたのは事實らしいが、變名などを用ひて主義宣傳をやつてゐる向も少なくないといふに至つては、甚だ男らしくない。それほど主義に熱心なら、何故浪人となつて正々堂々とやらないか。そんなに迄、浪人生活が恐ろしく給料袋が戀しいのであらうか。

圓本の流行、學藝の社會的浸潤がよほど進みかけた今日でも、まだまだアカデミー派の弊風は抜け切らぬ。これでは折角學問的興味を持ちはじめた一般民衆も、出鼻を挫かれはしまいかと懸念される。そこへ行くと純浪人派は苦勞人だけあつて、ヴァルガリズムの嫌はあつても流石に厭味はなく、あるべき部類の人もこの點は比較的無難である。ただ、兎角平俗に流れ易い傾向があるのは是非もない。浪人の間から、眞の學究に徹底した者が現はれれば、それに越したことはない。一方また、アカデミー的學者から、アカデミー臭を脱却した眞の通俗學者が出れば、これまた社會にとつてこの上もない幸福である。

最後にもう一つ、これは政府の思想善導に關聯した事柄だが、例の共産黨事件に怖毛をふるつた政府は、思想善導の方法として、學生の監督を嚴重にする方法や、古典、宗教、歴史、東洋思想などによつて新興科學研究の氣運を阻止せんとする方法を實行せんとしてゐる。これに對して學界の諸子は如何に考へられるか。學生監を増加するといふことは即ち、教授は學生の指導者として頼むに足らぬといふ意味を現はすものではないか。また、古臭い古典や東洋思想を墓場から掘り起してマルクス主義の社會科學に對する毒消しにするといふことは、マルクス主義の社會科學に對抗してひけを取らぬ社會科學が、日本に於いては發見されないといふこと、換言すれば斯かる對抗の任務に當るべき學者がゐないといふ意味を現はすものではないか。科學の研究を以つて生命とする學者にとり、これは重大な侮辱でなくて何であらう。國家國體を思ふ社會科學者がゐない譯ではなからう。然らば、さういふ國家的大義務の立場から、非國家的の社會理論を打破すべき、有力な科學的論據を組み出てようとする努力があつて然るべきではないか。さういふ努力も、まんざら無い譯でなからうが、一向に氣勢があがらぬらしいのは心許ない。マルキシズムの名の前に逃げ腰になつてゐる形だ。古典や東洋思想に重大な任務をお任せして、觸らぬ神に祟りなしとばかり、安逸を貪つてゐるとしか考へられぬ。これではいよいよ以つてマルクスかぶれにナメられるのがオチであらう。

これが日本の學界と稱するものに對する私の『公開状』のあらましである。課題に對して些かテレ氣味なのは是非もないとして、近頃私のいふことに兎角精彩を缺く憾みがあるのは、この數日來いたく健康を害して再起覺束なき肉體状態の致すところと諦めるの外なく、私の一生も何うやらこの邊がオチではなからうかと危ぶまれてならない。


底本:『經濟往來』第三卷第十號(昭和三年十月號)

注記:

(1)『大學の』素讀:ママ。

改訂履歴:

公開:2006/02/19
最終更新日:2010/09/12

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