外國資金

高畠素之


友愛會が軍備制限運動を起すために某國から金を貰つたといふ密告があり、それがため目星しい幹部は家宅搜索を受けた。

果して貰つたか貰はないか、その點は保障の限りでないが、鈴木會長の新聞記者への高言に依れば、それは絶對に事實無根だといふ。まさか某國だつて友愛會なんかに金を出して、それで軍備縮小運動をして貰ふ程、それ程、耄碌もしないと確信するから、鈴木會長が『憤慨して無實を辯ずる』までもなく、事實の無根なるは判り切つてゐる。

併し問題の核心は、友愛會が金を貰つたか、貰はないかに存するのではなく、抑々外國から金を貰ふことその事が是か非かといふ點に懸つてゐる。といふのも、外國から金を貰つて何故惡いかといふことになる。

先頃近藤榮藏とか云ふ男が、過激派から『小錢』を貰つたといふ廉で投り込まれた。事件好みの三面子の報道に依れば、彼れは過激思想を宣傳し、容易ならぬ陰謀を企てゝゐたといふ。

間もなく放免された所を見、更らに現在正業?に就いてゐる所を見ると、過激派から金を貰つたといふのは訛傳であつたのか、貰つても過激思想を宣傳するためでなかつたのか、それとも宣傳しないといふ約束で妥協したのか、大體その邊の所の一つであらう。

政府にして見れば、即ち過激派と山縣公を病約に恐怖する政府にして見れば、過激思想を宣傳されるのが怖かつたら内亂豫備罪にでも何でも問ふがよからう。それは政府の自由である。要は金そのものが危險なのではなく、過激思想宣傳といふ目的が附隨して始めて政府に取つては危險物となるのだ。

この意味に於て、外國人から金を貰ふのに、何の後しろ暗い所があらう。友愛會の例にして見れば、まして軍備制限運動の目的を以て貰つたといふ噂の金だ。友愛會の如く軍備制限を惡事と心得ない限り『憤慨』してまで辯解する必要がどこにあらう。

日本最大の勞働團體たる友愛會長は、それを何と心得てか、むきになつて青天白日を主張してゐる。考へても見るがいゝ。軍備制限を相談するため、各國の使臣は綺羅星の如く華盛頓に雲集してゐる今日だ。而もどつかの國の總理大臣などは、假令白々しく思はれるにせよ、性來の軍備縮小論者らしい宣言さへ聲明してゐる世の中ぢやないか。

かうなると軍備縮小のために、金を貰つたと密告した奴も、それを眞に受けて家宅搜索をしたお役人も、搜索されて青くなつて抗辯した友愛會幹部も、それを得々として報告した新聞記者も、その記事を見て仰天した民衆も、何も彼も、一切合切が頓珍漢の愛嬌者だ。

第一軍備縮小といへば、まるで過激思想とやらの一派と心得てゐる頓珍漢共の頭の惡さに腹が立つ。更にその軍備縮小でさへ、各國の顏色を見て、猿猴冠その儘に、辭禮を捧げねばならなくなつたお大臣樣にも腹が立つ。それ程結構な『人類の理想』なら、外國人の金で運動して貰ふ程それ程結構な事は又とあるまい。人の褌で何とやらいふ如く、激賞するとも家宅搜索などする必要は秋毫毛頭もない筈だ。

それとも笠に着て、外國から金を貰ふ事は、總じて許さぬと仰せあるか。然らば、外國のミツシヨンの補助を受ける○○社を始め、××學院、△△女學院等の宗教學校は、一體どう始末するといふのか。全國に散在する凡そ百千の教會殿堂は悉く燒き拂ふとでもいふのか。

基督教が公認の善事であると同じく、軍備縮小も官許の善事である。この故に日本のやうな貧乏國にあつては、外國人より金を貰ふ事は、賞められやうとも、叱らるべき點は毫末もない。


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