正當且つ有効

高畠素之


無政府主義や共産主義は國家の存在を危くするものであると信ずる以上(所謂主義者の言行から推すと、さう信ぜられても仕方がない)、之れを鎭壓すべく如何なる手段を採らうとも、それは政府者としては正當なことである。隨つて今回の取締法案も亦、至極正當な處置と云はねばならぬ。それは單に正當であるのみでなく、又頗る有効のものであるやうに信ぜられる。其理由は左の通りである。

(一)所謂主義者と稱する手合の中には、主義のためには監獄ゆきも敢て辭さないと云ふ程の熱心家もあるやうだが、それも精々一年以内がなの所で勘辨して貰ひたいと云ふ打算つきの浮いた熱心であるから、今度の取締案のやうな思ひ切つた法律が出來てくれると浮いた熱が急に沈まり、ゆくゆくは大抵足を洗ふことになるだらう。

(二)所謂主義者中の急先鋒は、大抵無職で貰ひ食ひしてゐる。然るに今度の取締案は金品を惠む方にも制裁を加へるのであるから、之れからは嘸金を出す奴が無くなるだらう。金を出す奴が無ければ、貰つて食ふ人間のアゴが乾上る事は火を見るよりも明かだ。そこで商賣換へと云ふ段取りになる。殊に近藤榮藏と云つたやうなシベリア出稼專門業者に對しては特別嚴重な取締を施すさうであるから、主義宣傳業者は結局内にも外にも主義の賣れ口がなくなる譯である。

以上の理由に依つて、今回の取締案は頗る有効なるべしと信ぜられるのであるが然し油斷はならぬ。斯樣な法律は、恐らく百人の主義者中九十九人迄には足を洗はせ得るであらうが、若し過つて一人でも洗はぬ者が殘つたとしたら怎うであらう。法律は有効ではあるが萬能ではない。萬能ならざる法律の網を潛つて、人間の心理が意外な方面に爆發しないとも限らぬ。爲政者の心すべき所である。


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