宮地嘉六君

高畠素之


宮地嘉六君は人に脅えるたちである。小心で、臆病で、其癖一種の氣取り屋であることは、彼れが物を言ふ時によく頭へ手をやるのを見ても分る。然し彼れは決して意氣地なしではない。大ぶん意地ツ張りな所があるやうだ。頑固で、執拗で粘着力に乏しい方ではないやうに見えるが、それが謂ゆる意志の力から來るのでなくて、何處までも神經的であり、隨つて消極的である。

偏屈とでも云ふのであらう。深く思ひつめて人に恨みを含むと云ふやうな傾向も見える。それを直ちに行動に示すことが出來ないから、自然に一種の脅迫觀念といふやうなものに襲はれて來る。が、決して女々しいとか愚痴ツぽいとか云ふたちではなく、異樣な愛嬌があつて存外人好きのする所は彼れの徳である。彼れはもちまへの脅迫觀念から、よく人に迫害されてゐるなどゝ云ふが、三千世界に彼れを眞實憎んだり迫害したりする者が一人でもあり得やうとは思はれぬ。偏屈のくせに相當如才なく、惡く云へば俗物と見える所があるのは苦勞の賜であらう。

酒でも飮むと馬鹿にはしやいで來て發作的に陽氣を呈する。平素、臆病やら頑固やらで、不自然に神經的に抑へつけてゐた人間らしい伸々した氣分が、さう云ふ瞬間に復讐的に勃發して來るのであらう。

彼れは苦勞人である。然し彼れの苦勞は單なる生活上の苦勞ではなくて、神經の上の苦勞である。神經の上の苦勞と云つても、親がゝりの身で下宿屋の一室に空漠な神經末梢を尖らせると云ふのではなく、物質上の苦勞はドン底まで經驗して來てもそれを單に生活上の苦勞として感じてしまはずに、一度鋭いランビキにかけて一層病的に精製したものにする。生活上の苦勞さへも、彼れに取つては神經上の苦勞として經驗されるやうだ。

彼れは隨分貧乏したらしい。それは彼れの口から話される實驗談によるよりも過去に於ける彼れ自身の存在その者が明かに之れを示してゐる。彼れはよく堺利彦氏の所へ錢を借りに來たことがある。錢を借りるにも色々な態度がある。一向に貧乏を聯想せしめない勇壯な借り振りを發揮する者もある。宮地君に至つては、貧乏その者が借りに來たやうな、隨つて極く貧弱な小錢で埒のあきさうな痛々しい借り振りであつた。

彼れは一昨年頃からメキメキと男を上げた。機會も宜しかつたのであらうが努力も人一倍であつたに違ひない。彼れは勞働作家と云はれてゐる。彼れは勞働者であつたから、隨つて勞働者としての體驗を描出することが多いから、それで勞働作家と云ふのなら苦情はない。さりながら、彼れは謂ゆる社會的藝術家とか、革命作家とか云ふ部類の人ではない。私はそれを寧ろ非常に喜んでゐる。勞働者としての經驗も少なからずあり、勞働界の實状にも通じ、社會主義にも共鳴してゐる身でありながら、其作品の上に存外傾向臭味の現はれて居らぬのは、彼れに藝術家としての純眞な天分が多分に具はつてゐる證據で、また一面、露骨に勞働者の肩を持つたり革命文句を羅列したりすることに無上の快味を感じてゐる社會主義者などから、存外もてぬ所以でもあらう。

ヒユーマニチーを勞働問題に硬塞してしまはずに、勞働問題の裡に廣いヒユーマニチーを眺めると云つた、ゆとりのある囚はれない氣分を彼れは少なからず具えてゐる。單に勞働方面ばかりでなく、有らゆる生活部面にヒユーマニチーを捕捉し得る天分を充分に有してゐる。彼れは勞働文學に跼蹐せしむべく餘りに藝術的である。收入さへ殖えたなら、モツトモツト色々な方面を漁り得るであらう。斯くして彼れの藝術は伸びてゆく。私は彼れ贔負の一人として、彼れの靈感に深化された有らゆる方面のライフを樂しみたいと思つてゐる。


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