好機を失する爲に

高畠素之


目下歐米諸國は記録にない暑さださうで、メソポタミヤあたりは百三十度内外の酷暑で、土人がごろごろ倒れ、紐育でも酷暑のため死人が多く、屋根の上に寢臺を持出して寢てゐるとか云ふ話だが、日本では今年は例外的に暑くなく、此分では清涼な夏を樂み得るのかと思つてゐたら、兩三日來暑さが急に先進國に見習つて來て、たうとう酷暑の國際聯盟に加入してしまつた。どうも體の置きどころのない暑さだ。

こんな暑い時には、太平洋問題など云ふ漢字揃ひの燧石のやうな事を考へないで、靜かに寢ころんで冷ビールの一杯も飲んでゐる方が遙かに涼しい話だ。今更ら日本の外交的孤立だなどと騷ぐにも當るまい。日本の外交的孤立を誰が起さしたのか。

レニン政府は決して倒れないから、日本は世界に率先してこれを承認し、シベリアに十分の投資をして、日本の經濟政策の百年の計を立てろと論ずる者があつた時、政府は飽くまで斯る所論に耳を藉さなかつたではないか。そして日本がシベリアに利權を獲得し、勢力を扶植せんとするを排斤すべく、アメリカはシベリア出兵をやつて巧みに日本をも出兵に釣り出した。そして日本兵がロシア人を敵として無名の戰に疲れてゐる時、アメリカは着々として親露策に努め、日本の勢力を巧みにシベリアから排斥してゐたのである。

日本の外交的孤立は、先づ日本がロシアを敵視して背後の援助を自ら缺いた結果ではないか。八々艦隊を作つても、是れが動力たるべき石油の供給を何處から仰ぐか。ロシアを承認し、之と通商し、之に投資して置いたならば、萬一の場合に斯る動力は直ちにロシアから得られるであらう。イギリスが日本を蹴つて、日英同盟を破つた事は、日本の國防に利あつて損はない。日本のためには寧ろイギリスの隷屬より脱するを得るは幸福な事だ。イギリスの代りに日本はロシアさへ味方につけて置けばよかつたのである。然し此種の國家百年の計は悉く失敗した。何しろ内田康哉なんて私利のためにはロシア對策を豹變するに勇敢なる卑劣漢が外務大臣樣である日本だ。今日太平洋會議で日本の主張すべき事、及び夫れを利用して日本の勢力を擴張する方法は澤山ある。即ちカリフオルホニヤ問題や、フイリツピンやハワイの問題がそれだ。

然しどんな名論卓説や會議に於ける掛引を茲で細かに論じても、どうせ政府の御連中には分らず、採用する筈もなからうから、此暑いのにわざわざ汗を流して眞面目に喋々する必要も御座るまいて。日本はせいぜいやくざな人間を派遣して世界の笑ひものになる樣な失敗をなし、日本の勢力を伸展すべき此好機を失するが良い。


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