『赤化』騷ぎ

高畠素之


兵士に宣傳する爲めの不隱ビラが貼られたり、チラシが撤かれたりした騷ぎで一時全市の新聞が賑はされてゐたかと思ふと、今度はそれが、東京共産黨とか言ふ祕密結社に依つて、而も怪外國人が露國から齎した運動費で、行はれたと言ふ事になつた。毎日の新聞はこれに輪をかけて報道するので、正直な世人は全く驚かされて了つたやうだ。

日本の赤化運動が中途にして發覺したとか、賣文社、曉民會などは幹部の檢舉によつて全滅したとか傳ヘられると、如何にも大變な騷ぎが持ち上つたやうだが中途で發覺しても何もない。ビラとチラシが『赤化運動』とやらの全部である。幹部が收監されて全滅したと言へば大きいが、幹部の外に『全滅』し得る何ものかゞあつたのかと言ひ度い程のものである。

新聞記者が無闇に大袈裟な記事を書くのも不謹愼だが、世間を騷がした罪の大半は、大きく見せかける事を策略としてゐる社會主義者の方で負はねばならぬ。今度の事なども祕密出版だけは本當だらうが、祕密結社などといふのは、果してどれ程のものであつたか判らない。然し今度は當局のやり方も悧巧であつた。社會主義者の方で大きく見せかけるものは、そのまゝ大きく取つて、出版法違反や治安警察法に問ふた上、新らしい取締令さへ作る事にして了つた。

社會主義者の方には、これを種に過激派ブローカーでもやるか、平素の汚名でもそゝぐ心算でやつた人もあるかも知れないが、その爲めに驚かされ、そして結局はダシにされた形になつてゐる新聞の讀者こそ、いゝ面の皮である。然し其爲めに今後斯う云ふ煩はしい思ひをせずにすむ法令が出來ると云ふ事だから、それをせめてもの樂みに之れも因果と諦める外はなからう。


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