農業勞働者の擡頭

高畠素之


農村に於ける地主と小作人の關係はこれまで睦しい主從の感情に結ばれてゐると思はれてゐた。處が近頃になつて、農村の紛爭は頻々として行はれ、小作勞働者は次第に階級的團結を結ぶやうになり、小規模の小作組合は至る所に作られるやうになつて來た。十二月の初めには、府下府中町附近の小作人が、約八百人の大組合を作り、盛んなる發會式を舉げたさうである。

農村は從來その經濟的發逹が極めて遲れてゐた。耕地は多數の地主に分割され小作人と地主との間には、昔ながらの主從的感情が僅かながらも流れてゐた。從つて同一の地主に對し、同一の勞働條件を以つて働いてゐる小作人の數は極めて少數であつた。彼等はその勞働の上に於いて極めて孤立的であつた。彼等は共通の階級的利害を感ずる事が極めて稀れであつた。それ故、農村の勞働運動は都市勞働者の勞働運動に比べて、著しく遲れてゐたのである。

然し乍ら資本主義の進行は、農村だけを置き去りにして行く筈はない。農業も次第に資本主義化して來た。土地は漸次に集中され、從つて中農階級は小作勞働者の位置に追ひおとされた。同一の地主に屬し、同一の勞働條件で働く小作人の數は次第に殖え、小作人と地主との關係は一切の主從的色彩を失つて年貢の授受、搾取と被搾取の關係のみに支配される事となつて了つた。

かくして農業勞働者の間にも次第に階級的感情が芽ぐんで來た。頻々たる農村の紛爭は斯くの如くにして起るに至つたのである。地主階級に對して、階級的利害に基く鬪爭を繰返してゐる中に、彼等は鞏固な階級團結を作り上げる事が、其戰鬪に甚だ有利なる事を覺つて來た。小作組合の設立が至る所に試みられるに至つたのは、即ち此理由に依るのである。

日本の小作農は、實に勞働階級の大部分を占めてゐる。從つて勞働階級の歴史的使命を果す爲めには、必ず此小作勞働者が奮起し來らねばならぬ。而も今や小作人階級は次第に勃頭して來た。吾々は絶大の興味を以つて、此傾向の進路を眺めずにはゐられないのである。


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