これが平和か

高畠素之


海軍縮小の比率問題で、その專横振りを發揮した英米は、今また太平洋の防備制限に就いて脅迫的態度に出でやうとしてゐる。海軍軍備の縮小が、實は日本の海軍を抑壓しようとする企てであつたと同樣、今度の太平洋防備制限も、日本の防備を制限せんとするものであつて、寧ろ日本近海防備制限とも言ふ可き不法極まるものである。

太平洋の防備制限と言ヘば、甚だ聞えも好いけれど、制限區域は北緯三十度から赤道に至り、東經百八十度から支那沿岸に亙る範圍に限られて居り英米の海軍根據地となり得る地點は、全部除外されてゐるのである。我國本土の一部なる琉球や小笠原島に對してすら、防備の制限を行はうとするのは、果して平和を高唱し人道を重んずる太平洋會議の目的に添ふものであらうか。聞く處に依れば、彼等は多數の力を以つて斯かる高壓的制限を主張しながら、英國はニユーギニアに米國はカラバコス群島に、防備を施さんとしてゐると言ふ事である。

日本近海の防備さへ撒廢すれば、彼等が如何に防備に沒頭してゐても、世界の平和が保たれると言ふのであらうか。太平洋中の極小部分の防備のみを撒廢して見た所で、それは何等世界の平和を確保する道とはならない筈である。英米に從へば『元々防備制限は太平洋西部に限る精神』だつたと言ふが、斯かる片手落の制限は一體何を意味するものであらうか。

彼等は、此制限案が容れられないならば『太平洋會議の成果はゼロとなる次第で、是れは一に日本の責任である』と稱してゐるさうだが、元來太平洋會議は何を目的とし、何を看板として行はれたものであつたらうか。それは世界の平和の爲め正義人道の爲めであつた筈である。若し斯かる制限案が通過する樣なことがあれば、それこそ世界の平和を紊し、正義人道を蹂躪することになるのではなからうか。

然し乍ら、斯かる横暴な主張が容れられぬならば『太平洋會議の成果はゼロとなる』と稱する彼等の本音に依つて、吾々は太平洋會議の本來の目的が如何に醜陋な非平和的欲求の充足にあつたかを知る事が出來る。世界の平和を唱ヘ正義と人道を重んずると稱する事が、如何に狡獪なる戰術であつたかと云ふ事を、今明かに知る事が出來るのである。


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