資本主義の爛熟

高畠素之


小學兒董や男女中等學生の思想が、如何に時代思想の影響を受けてゐるかと言ふ事を、文部省では各府縣に照會して調査中であつたが、此の程その結果を公表した。

それに依ると、青年期に入りかけてゐる男女學生は無論の事、いたいけな兒童までが悉く資本主義的精神に支配されてゐる事がわかる。彼等の頭腦を占むる最大問題は、如何にして金を得可きかと言ふ所にある。かつてはナポレオンを崇拜し楠正成を崇拜するのが少年の常であつた。然るに今日の現實的、打算的なる少年は、多く安田、大倉、澁澤の如き財界の巨頭に憧れてゐるのである。

彼等の間には思想的精神的事業を輕ずる傾向が次第に著しくなつて來た。彼等の志望は多く實業界に向つてゐるのである。女學生の中に、職業や結婚を自分自身の力によつて、眞劍に判斷する傾向が進んで來たことも亦時代精神の現はれである。

斯くして、社會は次第に濃厚な資本主義的空氣に滿たされる事であらう。然しながらそれは必然の一過程であり、止むを得ざる現象である。何時の世に於いても、社會的支配階級の精神が、社會の一般的精神となる事は、歴史の進化の訓ふる處である。資本家階級が完全に社會を支配しつゝある今日、資本主義精神が社會の根本的精神となつて來るのに何の不思議があらう。

吾々はこの學童の思想の上に、明かに資本主義の爛熟を見た。資本主義の進行が次第にそれ自身の破滅を導く事を思ふと、此現象に對して、是非善惡の批判を下す事は出來ない。時をして流るゝまゝに流れしめよ!吾々は常に社會進化の偉大なる力に從ふの外はないのである。


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