友愛會の幻滅

高畠素之


友愛會が其全國大會に於て軍備制限の決議をなし米國から宣傳費を貰つてゐるとかゐないとか云ふ噂を立てられたのは、つい此間の出來事である。月日の立つのは早い。それから僅に二三ケ月、友愛會の御望みは届いて、日本もどうやら餘儀なく承認せねばならぬ形勢となつた。そして其影響は覿面に響いて來て、官業勞働者八萬人と民間勞働者六萬人とは、晩かれ早かれ失職の憂き目を見ねばならぬ羽目に陷つて了つたと云ふ。眞先きに犠牲となつたのは横濱船渠の職工で、年末近い寒空の中を職を求めて彷徨しなければならぬと言ふ悲慘な有樣なさうな。

本望を達した友愛會では、さぞ快心の微笑でも洩らしてゐる事だらうと思つた所が、今度は反對に軍備縮小は結構だが、失業の恐慌を與へることは不届きだとあつて、各支部はそれぞれ對策を講じ、自治團體とも相談した上、具體的運動を起す計劃だと言ふ。

軍備が制限さるれば、從來それに當てられてゐた勞働力が、早速不必要になつて來ることは、當然の結果である。正義人道の爲めでもなければ、國民救濟の爲めでもなく、只資本の増殖と言ふ目的の爲に、その企業を營んでゐる資本家が、必要のない勞働者を傭つて置く理由が何處にあるであらうか。どうせ勞働者は賣り物買ひ物である。今度の失業は、全く當然すぎる程當然な事である。今更ら周章狼狽して『資本家の不道徳』などと齒の浮くやうな事を言ふ迄もない。軍備の制限を主張するからには、今日の如き結果を見ることは、當然勘定に入れてゐなければならなかつたのである。

然し乍ら友愛會一派の軍備制限論は全く淺薄な夢想から生れたものであつた。勞働階級の間に、社會主義的思想家の間に著しく瀰漫してゐる煙のやうな萬國主義から來たのであつた。別に米國から金を貰つてやると言ふ程ハツキリした計劃から來たのではなかつたのである。今日のやうな勞働不安を生むなどと言ふ事は、勿論彼等の考慮に入つてゐなかつたのだ。然し現實の世界は夢想の力で動かす事は出來ない。それはたゞ幻滅を生む計りである。今更ら失業の不安を怖れ、それによる會員の減少に脅かされてゐるのは、夢想と現實との間に横たはる距離を考へてゐなかつた報ひである。軍備制限は兎もあれ、全く軍備が撤廢され得る社會は、少くとも資本閥の殘盃冷肴によつて一喜一憂する勞働組合が存在し得ない程進んでゐなければならないのである。

比較的現實的な軍備制限にして尚かくの如し。彼等の夢想通り今日直ちに四海同胞の理想でも行はれたら、吾々は一體何んな恐慌に當面しなければならぬ事になるであらうか。


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