4 國家社會主義の政策

高畠素之

非國家思想の撲滅

我々の國家社會主義が無産大衆の現實的心理に根底を置いてゐることは、別項『大衆の心理』に論述した通りである。そこで此國家社會主義に基く實際運動の政策たるべき我々の主張も亦、當然に無産大衆の立場から割り出されたものであるべきは論を俟たない。

我々の政策の第一に來たるべきものは、有らゆる非國家的思想及行動の徹底的撲滅といふことである。非國家的思想といへば、何人も先づ無政府主義や共産主義を聯想する。此等の思想は何づれも、國家に對する破壞的意圖を包藏する點に於いて共通してゐる。

尤も無政府主義が一切の國家權力を否定するに反し、共産主義の方は必ずしも一切の國家權力を否定するものではなく、寧ろ共産主義社會に到る必然の道程として所謂プロレタリア國家なるものゝ確立を豫想し肯定するといふ區別はある。けれども共産主義者の所謂プロレタリア國家なるものは、現存國家の否定に依つてのみ肯定さるべき國家である。彼等は先づ國家を肯定して、然る後、覇權階級の種類に依り國家形態の上に種々なる差異の生ずべき事を認めやうとはしない。之れを認めるとすれば、彼等の所謂ブルヂォア國家、プロレタリア國家の對立は、異つた國家と異つた國家との對立ではなく、實は異つた階級と異つた階級との對立に過ぎず、國家は階級的爭覇戰の渦中から救はれることになる。

然るに彼等は、現存の國家を先づブルヂォア國家と斷定して、此國家に對立させてプロレタリア國家なるものを肯定するのである。隨つて彼等の立場から見れば、現存の國家を先づ破壞しなければならないことになる。然し現存の國家が破壞された曉、其地域と傳統とに結ばれた一切の國家は――プロレタリア的たるとブルヂォア的たるとに論なく――もはや存在し得ないことになるではないか。

今もし現存の日本が勞農ロシアと干戈を交へたとすれば、彼等は當然ロシアの味方となつて日本に敵抗した態度を採るであらう。其結果もし日本が敗けて、ロシアの屬領にされたとすれば、日本の國家的存在はそれでお終ひである。ロシアの『プロレタリア國家』は存在しても、日本の國家はもはや存在しない。日本の國家その者がない所に、日本のブルヂォア國家もプロレタリア國家もあつたものではあるまい。

要するに國家否定の傾向たる點に於いては、無政府主義も共産主義も五十歩百歩である。隨つて此等の思想は、區別する所なく徹底的に撲滅してしまはなければならぬ。

過激法案私見

從來、此種の思想に對する日本官憲の取締は、餘りに不徹底であつた。日本國民として日本國家を否定する如き口吻を洩らす者を成敗するに、聊も遠慮があつてはならぬ筈である。此點に於いて、日本政府は大いに歐米諸國、ことに勞農ロシアにおける爲政者の遣り口から學ぶ所がなくてはならぬ。

例の過激法案の如きも、若しロシアの金を貰つて、日本をロシアの走狗たらしめんとする如き賣國奴の取締を主眼とするものであるならば、それは最も時宜に適したものであると我々は考へる。然るに是れに對する政府の態度は、煮え切らないこと夥しい。斯ういふ問題で、低能なる新聞紙や呂律の廻らぬ知識階級の『輿論』などに氣兼ねするやうな政府は、それこそ政府自身に國家的觀念が缺けてゐる證據である。それと云ふのも、政府に確乎たる自信がないからで、政府に自信がないのは、政府が一方に於いて國家本位の立場から、盡すだけの事を盡して居らない結果である。

今日の日本には、過激思想に劣らざる非國家非國民的の惡制度が漲つてゐる。更らに極言すれば、資本主義といふ現存制度の根底が既に非國家的のものだ。資本主義制度を動かしてゐる原動機は、個人的の營利のみである。資本主義の目には國家の尊嚴も、國民の價値もあつたものではない。資本主義から見れば、黄金が、貨幣利潤が一番貴いのである。

而して現在における諸種の社會制度は、大抵みな此資本主義に基礎を置いてゐる。されば政府にして若し眞に國家國民の休戚を考へるならば、先づ此等の惡制度、ことに資本主義その者の根底に斧を加へるだけの覺悟がなくてはならぬ筈であるが、それが出來ない。其樣な政府だから、過激思想の取締についても、中氣病みの疳癪見たいな態度しか採れないのである。然し今の政府に向つて、こんな文句を竝べた所で埒はあくまい。實を云ふと、今の政府それ自身が斯かる惡制度の主要なる一端とも見られるからだ。

産業國家主義

我々は端的に、今の資本主義制度その者を否定する。我々が資本主義を否定する最大の理由は、資本主義制度が個人營利主義に立脚するものであつて、國家の尊嚴と國民の貴重とを事實に於いて無視してゐるからである。そこで資本主義の否定に表裏すべき我々の新制度は、當然に國民本意、國家本位の社會制度でなくてはならぬ。我々は其最も重要なる要素として土地及び大資本の國有、竝びにあらゆる大産業の國營を主張する。土地國有については、いづれ別の機會に説く。資本及産業の方面に於いては、我々が特に大資本、大産業と限定した理由について一言したい。

そもそも國家本位の立場を守れば、個々人の自由は勢ひ制限されることになる。然し國家政策としては、なるべく個々人の自由を制限しないやうに努めることが賢明である。制限しなければ國家が立ち行かないやうな場合は勿論別だが、然らざる限り成るべくは制限を加へないやうにする。少くともさう見せかける必要がある。此意味に於いて、産業社會化は特に大資本、大産業にのみ限定されることを至當とする。

たゞ問題は、何處からが『大』で、何處からがさうでなくなるかと云ふことであるが、之れは其時々の便宜で定めればいい。又假りに時價十萬圓以上を大資本とした場合、九萬九千圓は國有から免れることになつて不公平だといふやうな非難も出るが、かゝる不公平を救ふには、他にいろいろな補充手段を採用することが出來る。例へば累進的の資本課税を勵行する如きがそれである。いづれにしても、私有私營の行はれる範圍内では、大規模のものほど課税負擔を重くして均衡を保たしめる。

普選、物價公定その他

以上は我々の二大政策であるが、これに附隨して又いろいろな實際的小政策が生れて來る。元來土地資本の國有、産業の國營といふが如き根本的の改善は、資本主義に基く現存制度のもとに於いては到底急速の實行が望まれない。そこで我々は成るべく、其實行を容易ならしめるやうな雰圍氣を造つて行かなければならぬ。

それには先づ、普通選擧の即時斷行が必要である。普通選擧にもいろいろな主張があるやうだが、要するに納税資格の全廢が第一要件である。又、普通選擧を行へば、非國家思想が蔓ると説くが如きは、大衆の現實的心理を解せざる愚昧者の愚論として一笑に附すべきである。

普通選擧の實施と竝んで重要なる我々の政策に、勞働者保護法(工場法、勞働組合法その他)の制定、間接消費税の撤廢、累進税率の増進等があるが、此等は茲に改めて説く必要もあるまい。

たゞ一つ、此等の政策は何づれも無産大衆の利益を助長するものであり、其意味に於いて國家の維持に缺くべからざるものであるが、然し此等の政策のみを以つてしては、無産階級の爲に大した利益も與へられない。蓋し今日の制度のもとに於いては、資本家は此等の制度に依つて削減される利益をば、物價の釣上げに依つて優に補償し得るからである。勞働條件は改善されたが、其代り生活必需品の價格を釣り上げると云ふのでは、膏藥を與へて置いて毆るやうなものだ。電車從業員の勞働時間が短縮されても、その結果電車賃が釣り上げられることになれば、最も多く電車を利用する無産市民は、電車從業員といふ一部勞働者の利益の犠牲に供されたことになる。そこで無産者本位の物價公定制が必要になつて來る。即ち生活必需品の價格(交通機關の運賃等を含む)は、競爭と營業當事者との自由決定に委せらるべきものではなく、國家なり市町村なりをして進んで無産者本位の物價を決定せしめるやうにするのである。

國民皆兵制その他

以上掲ぐる政策は、大抵みな無産大衆の經濟的利益の増進を主眼とするものであるが、經濟的以外の方面に於いても、例へば華族の全廢、行政整理に依る官吏の半減等の如き幾多の重要政策がある。然し此等は茲に一々論述する必要もあるまい。

最後に、軍制方面の改革について一言したい。我々は國防の實質的充實を主張するものであるが、其最も重要なる一部として先づ國民皆兵制を樹立しなければならないと考へる。國民皆兵制については、從來他の方面からも要求の聲が揚がつてゐるが、此等の要求は何れも軍費の節減といふ經濟上の見地に立脚してゐるやうに思はれる。即ち國民皆兵制の實施に依つて、國防に充用すべき經費を節減しようとするのである。然し國民皆兵といふからには、國民がみな實戰に役立ち得べき訓練と武器操縱とを心得た實力上の軍兵にならなければならないのであつて、此等の方面に要する經費は決して鮮少なものではない。鐵砲を撃つても中らなければ何にもならない。百發百中は期し得られないとしても、相當程度の的中率を擧げ得る迄には、一人當り少なくとも一千發以上の實彈射撃を練習しなければならない譯であるが、國民皆兵の實施された曉には、此練習用實彈の經費だけでも大した額に達する事であらう。

いづれにしても、國民皆兵に依つて軍費を節減しようといふ考へは空論である。軍費は寧ろ著しく増大する事を覺悟しなければならぬ。それでも構はない。増大した軍費は他の制度改革に伴なふ經費の節減に依つて優に埋合せ得ると信ずるからである(此項内田良平氏から學ぶ。)

これで我々の政策は、あらまし數へ盡した。此外にも尚、必要に應じていろいろな要求が出て來るであらうが、いづれの政策を樹つるに當つても、つねに國家社會主義の根本主義と、無産大衆の心理竝びに利害關係とが其基調たるべきは言ふ迄もない事である。

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