日米問題批判 ―デモ非國民の罪を鳴らせ―

高畠素之

◇排日問題の諸原因

日米問題は複雜である。人種的偏見や反感も無論絡んでゐる。さればと云つて、人種的の事情のみが唯一の原因ではない。經濟上の事情も關聯してゐる。更に、國家的覇權といふ優勝上の欲望も原因を成してゐる。要するに、此等の事情が互に錯綜し表裏して、或時は人種的の原因が第一線に立つて他の諸原因が附帶的に共同作用するかと思へば、又或時は經濟上の原因なり、國家的優勝の欲望なりが決定的に發動して、人種的の原因が後援的に作用する。いづれにしても、可なり複雜した問題であることは疑ひを容れない。

◇日本移民排斥の經濟的原因

事の起りは、米國殊に加州における日本移民排斥である。日本移民の大部分は勞働者である。此排斥の原因は經濟上から來てゐるか、それとも人種的反感から來てゐるか。元來米國への移民は日本人ばかりではない。日本移民の如きは寧ろ最少數の部である。英國移民が八百萬を超え、ドイツ移民が二百萬、イタリアが四百萬を算してゐるのに、日本移民は僅々十一萬に過ぎない。それにも拘らず、日本移民のみが常に問題とされてゐる所を見ると之れには何うしても人種反感が絡んでゐる樣に見える。

所が一方に於いて、日本勞働者は勞働者としては白人勞働者の及ばない長所を有してゐる。日本人は勤勉で小器用で、而も生活程度が低いから安賃銀に甘んずることができ、とりわけ農業上の勞働に於いては、白人勞働者に比して遙に堪能である。そこで米國の資本は、勢ひ日本勞働者を歡迎することになる。之れは米國の勞働者から云へば、販路の侵害である。隨つて米國の勞働者が日本移民を排斥するやうになるのは、必然の歸趨と云はねばならぬ。其處へ又、人氣取りに抜目のない政治屋共が介在して、聲を大きくするのであるから堪つたものではない。日本人排斥の聲は、かくして一種の輿論となるに至つたのである。

◇日本勞資の親和

之れだけの範圍内では、經濟上の原因が決定的である。人種的の反感は作用する餘地がない。單に米國勞働者が日本移民を排斥するといふ表面の事實だけを見れば、如何樣異つた人種と異つた人種との對抗のやうにも見えないこともないが、此對抗の裏面には米國の資本(隨つて資本家)が自國の勞働者よりも寧ろ日本勞働者の方を歡迎してゐるといふ、人種的に云ふならば寧ろ寛容的な事實が伏在してゐる。日米勞働者の間には事實に於いてインターナシヨナルはないが日本の勞働者と米國の資本との間には大なる親和が働いてゐるのである。

之れと類似の現象は、日本内地の勞働者に比較すれば、鮮人勞働者は安價である。そこで内地の資本家は、比較的鮮人勞働者を歡迎する傾きがある。それに對して、内地勞働者側から排斥の聲が揚がつてゐるか何うかは知らないが、鮮人歡迎の傾向が著しくなるにつれて將來は必ず八釜しくなる問題であると思ふ。而も之れは黄色人種同志の間の問題であるから、人種的反感に基くものとは云へない。

斯う考へて來ると、米國における日本移民排斥の眞因は專ら經濟上の事情のみに限られているやうに見える。然し此問題が斯く熾烈になるについては、人種的の事情も一種の刺戟劑になつてゐることは爭はれない。白人が他人種に對して如何に傲慢不遜であるかは、今更ら喋々を要しない。白人から見れば自分等だけが文明人種であつて、他人種は先天的に劣等なるものと定めてゐる。米人の目には、ニグロもジアツプも殆んど同じ程度に於いて文明を解せざる劣等人種として映ずる。英人(1)の態度が斯うであるに搗てゝ加へて、日本人は又部落心が強く、封鎖的であつて、中々他人種と打ちとけて交際せず、一種の特殊部落をなしてゐる。而して日本の斯る態度は又、米人の反感を助長する原因にもなつた。此意味に於いて、問題の一面に人種的事情が作用してゐることは事實である。然し日本移民の排斥といふ範圍内では、それは附帶的であつて決定的ではない。

◇米國の資本帝國主義

然らば日米葛藤の決定原因は、上記の如き經濟上の事情のみかと云へば、必ずしもさうではない。元來、日米葛藤と日本移民排斥の問題とは、範圍に於て同一なるものではない。後者は前者の一部に過ぎない。前者の方が遙に大きいのである。此ヨリ大なる問題が背景をなして居ればこそ、移民排斥の影響も實質以上に大きく感じられる譯であらう。

然らば日米葛藤の本體は何か。それは即ち、日米兩國の國家的勢力競爭である。競爭と云ふと對當のやうに聞えるが、實は米國の資本帝國主義が世界、ことに東洋方面に手を伸ばすに當り、日本が其邪魔になるのである。邪魔にされる位だから、日本の實力も相當恐れられてゐるには違ひないが、それにしても日本が守勢で、米國が攻勢であることは爭はれない。

ところで此勢力競爭も、一面に於いては經濟上における利害の衝突である。それは滿州シベリヤに對する投資範圍の爭奪戰とも見られ得るからである。然し斯くの如き經濟上の利害競爭と竝んで、或に(2)其奧に尚、國家的優勝の欲望が作用してゐる。一個人の場合に於いても、資本家が巨萬の富を投じて、大企業を起す最終決定的の動機は、單なる經濟上の利害其者ではない。寧ろ經濟上の富に依つて代表される現實的の實勢力を得んとする欲望が決定的なのである。國と國との競爭に於いても亦然りで、米國の資本帝國主義なるものは畢竟するところ、米國が資本の力を通じて世界を支配しようとする覇權的優勝慾の現はれに外ならないのである。

かやうな經濟上竝に優勝上の國家的欲望が作用して居ればこそ、比較的些々たる移民排斥の問題も斯くまで重大視されて來るのであつて、要するに問題の背景が大きいのである。此背景から引き離して單に移民排斥の問題だけを考へようとするから、正義人道の米國が何故突如として此んな無情な事をするかなどと、愚にもつかぬ泣言を竝べるやうになるのだ。

◇ワシントン協定の眞相

單なる移民排斥が問題ではない。問題は日本その者の排斥である。さればこそ、米國は日米の結合を離間して、日本を全然孤立の位置に陷れることに腐心したのだ。米國がかのワシントン會議なるものに不當の比率を強いた所以も其處にある。而もワシントン會議協定に依つて、米國自身はパナマ運河を通過して其一切の艦隊を太平洋に集中するの便宜を得た。しかのみならず、日本の小笠原、臺灣澎胡諸島に對しては、現在以上に防備を進め得ないやうにさせて置きながら、一方ハワイだけは之れを右の制限外に置き、自國の勢力が縱横に太平洋上を荒れ廻り得る根據地を其處に据えようと企圖してゐるのである。

更に航空準備についても米國は從來、日本の飛行機に比して一倍半の速力を有し二倍の爆彈を携得し得る飛行機を整へ、而も其臺數は日本に八倍してゐたのであるが、其上尚ほ五千萬圓を投じて、飛行母艦と一時間九十哩乃至百哩の速力を以て十二時間の航續力を有し且つ七門の大砲を搭載し得る戰鬪用航空機とを就役せしめようとしてゐる。又補助艦隊についても、かねて二億萬圓に上る大擴張を計畫しつゝあつたことは人の知る所であるが、最近(而も排日案の兩院通過と前後して)更に、八千八百萬弗を以て一万噸の快速巡洋艦八隻、四百二十萬弗を以て砲艦六隻を造築し、更に一千八百萬弗を以て舊艦を改造すると共に一百萬弗を以て海軍飛□隊(3)根據地を新設しようとする案が、下院の海軍委員會を通過した。

飜つて陸軍武備を見るに、此方面に於いても米國は從來日本に比して約二倍半の軍費(即ち十五億一千萬圓)を支出してゐたのであるが、其後更に五千萬圓を追加した。殊に注目すべきは、一億一千一百萬弗の巨費を以て布哇(ハワイ)に於けるパール・ハーヴアの擴張を行ひ、其他桑港(サンフランシスコ)、ピユーゼツト・サウンド(4)・サンチエーゴ・パナマ運河地帶等の各地にも續々海軍根據地を建造せんとしている事である。

◇再擧の血祭り

此等の軍備擴張は、いづれも日本を對象として目論まれた事は確である。然らずんば米國が其總豫算の六割七歩以上支出して迄、ことさら日本對岸の海軍根據地にのみ力コブを入れる理由が分らなくなる。而して斯くの如き軍備擴張の元凶たる米國の提唱にかゝるワシントン會議なるものは、日本が米國から如何なる侮蔑と迫害とを蒙つても、踏まれても、蹴られても結局泣き寢いるの外なき迄に日本の軍備を委縮させてしまつたのである。

事こゝに到らしめた責任の大半は、歴代内閣、殊にかのワシントン會議にウカウカと誘ひ込まれて回復すべからざる屈辱的協定を強られた政友會内閣の低能と不明と怯懦とに歸すべきものである。政友會が今に及んで『米國をして斯る暴擧に出でしめた所以のものは、米國が日本政府を見縊つた結果である』などとホザクに至つては、何たる白々しさであらうぞ。米國が日本を見縊るに至つた第一の段階は、實に日本がワシントン會議の協定に同意して、徹底的の軍備縮小を強られた時に始まつたのである。而も此國家的屈辱の第一段を開かせたものは、實に當時の政友會内閣であつたことを忘れてはならない。

然し政友會のみが惡い譯ではない。政友會以外、政界以外の方面に於いても、從來日本人であり乍ら米國の『正義人道』と『平和主義』に隨喜渇仰して、日本の『軍國主義』に惡聲を放つことを快しとした低能無知のデモクラ非國民は決して少くない。米國の遣り口は、米國としては論據のある事であらう。我々は米國の『無情』と『不埒』とを喋々する前に、先づ日本における此等のデモ非國民を血祭りに上げて再擧の臍を固めなければならぬ。



注記:

(1)「英人」:前の「米人」とともにママ。
(2)「に」:ママ。
(3)「海軍飛□隊」:□は文字不鮮明。蓋し「海軍飛行隊」。
(4)「ピユーゼツト・サウンド」:Puget Soundのこと。

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