2 軍國主義

高畠素之

西洋かぶれの非國民

日本は軍國主義の國であり、帝國主義、侵略主義の權化であるといふ非難は、世界の流行語となつてゐる樣である。世界は競爭の舞臺であり、競爭はエゴイズムに出發するものであるから、エゴイズム其者の如き歐米列強が自分のことは棚にあげて、ひたすら日本のことばかり惡しざまに言ふのは、我々としては隨分癪に障る事だが、彼等としては至極尤もな事であるかも知れない。たゞ憎んでも輕蔑しても尚餘りあるのは、我々と同じ日本人でありながら、西洋人のエゴイズムの尻馬にのつて、ひたすら日本の軍國主義侵略主義を喋々する輩の絶えないことである。謂ゆる主義者、デモクラ屋、等、等の手合が即ちそれであつて、彼等の目には西洋人のやる事ならば、何でもかでも美しく見える。西洋人の言ふ事には間違ひがないと云ふ先入觀が働いてゐる。同じ糞でも、毛唐のたれた糞だけは臭くないと信じてゐるらしい。

米國の侵略振り

デモクラの一人に尾崎行雄といふ先生がある。此先生の口吻に依ると、米國は正義人道の權化であつて、日本は軍國主義その者である。米國の大統領ハーヂングとやらは、日本の侵略主義怖るべしと絶叫したさうである。毛唐の嬶に敷かれてゐる尾崎行雄や、米國を唯一の取引先と仰いでゐる澁澤榮一等の代表する商業資本家にとつては、こんな絶叫が無暗に有り難く感じられるのであらうが、戲談言つちやいけない。日本が明治以來六十年の長年月に辛うじて併合し得た領土の全部を合算しても、米國が瞬間的にスペインからちよろまかしたキユバ一島にも及ばないといふ事實を何う見るのだ。正義人道の米國が如何に偉大なる侵略國であり、侵略主義の日本が相對的に言つて如何に人道的の非侵略國であるかは、別掲『列強領土擴張一覽表』を見ればスグに分ることである。

ロシアの侵略振り

尾崎等の米國崇拜と好一對を成すものに、主義者の露助盲從熱といふのがある。長春會議が開かれた。ヨッフェはサガレンの撤兵を要求した。ヨッフェはロシア國民であつてロシアにはロシアといふ國家がある。ロシア人たるヨッフェがロシア國家の立場からサガレンの明け渡しを主張することに無理があるとは言はない。けれどもロシア國民でない日本の主義者や新聞記者までが、露助の尻馬にのつて、サガレンの駐兵を日本の『侵略主義』と結びつけようとするに至つては言語道斷である。

日本がサガレンに駐兵したのは、日本として正當の理由あることだ。それは丁度、ロシアがシベリアを掠奪し、勞農主義の實現された今日に至つても尚それを手放さうとしないことに、ロシアとしては正當な理由があるのと同じ事である。もしヨッフェなるものが、單に侵略主義を非とする見地その者に立つて、日本のサガレン撤兵を要求するといふならば、彼れの代表するロシアは先づシベリアやサガレンの解放を斷行し來たるべきである。サガレン駐兵に關連して日本の侵略主義を喋々する主義者づれの主張が、單なる露骨盲從に立脚するものではなく、ロシアをも日本をも同時に超越した謂ゆる萬國社會主義の立場から割り出されるものであるとすれば、彼等は日本の侵略主義を喋々する前に、先づロシアが何故シベリアといふ掠奪領土を手放さないかを詰問すべきである。

然るに彼等はロシアは神樣で、日本だけが惡魔だと言はんばかりの口吻を弄してゐる。米國が正義人道主義で、日本が軍國主義だと説くデモクラ屋の口吻と少しも違はない。この場合、シベリアの侵略は舊ロシア政府のやつた事で、革命政府に責任はないといふ辯解は通用しない。みづから進んで掠奪はしないでも、舊政府の盗んだ品物を其儘保有してゐる以上は、共犯同罪と言はれても仕方がない。舊政府のやつたことだと云ふので、對外債務を踏み倒すほどに『革命的』であつた勞農ロシアでありながら、舊政府の侵略した領土は其儘保有して置くと言ふのでは、何が革命的だかさつぱり分らない。

日本に對する歐米人の心理

要するに世界の列強は悉く軍國主義、侵略主義の塊りであつて、此點から云ふと日本などはまだまだ一人前の水準に達してゐないのである。此一人前にもならぬ日本を目して、やれ侵略主義の帝國主義のと言ひ觸らす歐米人の心理には、少くとも二人の動機が働いてゐる。第一は、彼等から見ると歐米諸國は侵略すべき國であつて、東洋諸國は侵略せらるべき國である。歐米は征服者、支配者、搾取者であつて、東洋は被征服者、被支配者、被搾取者たるべきものである。然るに此被侵略者たり被征服者たるべき東洋諸國の中で、日本だけは聊か類を異にして自主的發展的の傾向を示して來た。それが歐米人には非常な危惧となつたのである。元來奴隷であるべきものが自主的に發展して來たのであるから、日本は侵略主義、侵略主義は即ち日本だと感ずるやうになるのは、相對性原理の必然であらう。とにかく日本が頭を擡げ出したことは、歐米人にとつて頭痛の種である。そこで彼等は、何とかして日本を依然たる奴隷の位置に引きとめて置かねばならぬ。例の華府會議とやらも、要するに此見地から日本いぢめに懸つたものに過ぎないのである。軍備の縮小も惡くはないだらうが、縮小なら縮小で列強平等にやつたら善ささうなものだ。縮小の結果、佛國は兵力六十九萬、英は三十七萬八千、米は三十五萬二千(戰前に比し約十二萬の擴張!)、伊は二十五萬となつたが、日本は最下低で二十三萬六千に過ぎぬ。更らに飛行機の臺數に於いては、米の二千四百、佛の一千六百、英の一千五百に對し、日本は僅々二百五十といふ哀れな状態である。若し夫れ國民一人についての軍費負擔額に至つては、佛の十八圓、英の十一圓三十錢、伊の六圓三十錢、米の五圓二十錢に比して、日本は僅かに四圓五十錢といふ貧弱な有樣である。

斯樣な數字の何づれを見ても、日本が特に著しく軍國的であるといふ言葉は通用しない筈である。それにも拘らず、歐米人が聲をからして日本の軍國主義を喋々するのは、彼等の目から見て奴隷たり被征服者たるべき東洋の水準を日本が突破してゐるからである。けれども元來、東洋は奴隷たるべしといふ前提は、彼奴等が勝手に定めた條件であつて我々の知つたことではないのだ。

歐米人が日本の侵略主義を喋々する今一つの動機は、己れの罪を人になすり付けようといふ露骨なエゴイズムである。日本の領土面積が如何に貧弱であるかは、別掲『統治民族一人に對する領土面積表』を見れば直ちに頷かれる。また日本は侵略主義の權化であるといふが、日本の領土擴張なるものが、歐米列強の夫れに比べて如何に九牛の一毛であるかは、別掲『列國領土擴張表』を見れば一目瞭然である。かくの如き一目瞭然の事實あるにも拘らず、ひとり日本のみが特に著しく侵略的であるかの如く言ひ觸らすのは、之れとりも直さず己れの非を隱蔽せんとの邪心を以つて、先鞭的に無辜の弱小國を人身御供たらしめんとする筆法に外ならぬ。

けれども如何なる動機に出づるにせよ、歐米人の立場から見れば一切が正義である。歐米人のことは歐米人に任かして置け。我々は日本の立場から一切を評價せんとするのである。隨つて日本人でありながら、歐米人の口車にのせられ歐米帝國主義の立場に身を置いて、日本の態度を彼れこれ抜かす奴等の迂愚を嘲笑することも、我々にとつては一種の快感たらざるを得ないのである。


列強領土擴張一覽表

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下段直立せる部は當時に於ける本國領土面積を示す。斜線上の數字は各時代に於ける主なる領土擴張又は喪失を示す。

備考
日本(1)臺灣占領、(2)朝鮮樺太併合。
露國(1)イマン四世時代、(2)中露併合、(3)歐露及シベリアの大部併合、(4)西方發展、(5)極東及中東發展、(6)アラスカ賣却、(7)バルチツク諸邦獨立。
英國(1)印度併合開始、(2)アメリカ植民、(3)印度北米併合、(4)合衆國獨立に依る喪失、(5)アミアン條約に依る喪失、(6)アフリカ植民地及濠州獲得。
佛國(1)アメリカ殖民、(2)七年戰爭に依る喪失、(3)アミアン條約に依る恢復、(4)奈翁極盛時代、(5)ルイジアナ賣却、(6)アフリカ及極東發展。
米國(1)獨立十三州、(2)アラスカ買収、(3)太平洋發展。
獨逸(1)アフリカ太平洋發展、(2)大戰に依る喪失。
伊國(1)アフリカ發展。


統治民族一人ニ對スル領土面積

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