高畠素之
世界は今や保守黨の天下である。イギリスでは文字通りの保守黨が政權を掌握し、アメリカでも今回の大統領選擧に於いて、保守黨ともいひうべき共和黨の候補者フーヴァーが、空前の票差を以つて民主黨候補者スミスを一蹴し去つた。その他、フランスの新ポアンカレー内閣も、次第に左翼急進派と分離して保守黨たる本色を發揮し、イタリーは見らるるが如き状態であり、ドイツは些か左傾の傾きがあるが、これとても何時まで續くか分つたものでない。飜つて我が日本に於いても、民政黨の自由主義的色彩に比較して、些か保守黨的傾向ある政友會が、今や全盛の極致に到達せんとしつつあるのは、諸君が御覽の通りである。
この現象を目して世の俗論的自由主義者や社會主義者たちは、世界の反動化を云爲してゐる。何が故に反動化といふか。笑ふべき幼稚である。今日は各文明國を通じて高度資本主義の時代である。資本主義の本質は自由平等にある。その平等とは價値等しき商品の交換の道徳的反映であり、自由とは企業の自由、營利競爭の自由の道徳的反映にほかならぬ。斯かる自由平等主義は、資本主義の初期から成熟期に至る間の特色であつて、これによつて資本主義は一面民衆を籠絡して封建制度を倒し、一面には自己の立場を固めたのである。
然るに、資本主義が更に一段の發達を遂げ、資本の蓄積集中が著しく進んで、大資本、獨占資本の時代となるや、それに表裏して一面には金融資本の大發展を來たし、他面帝國主義が發達して來る。今日、世界の各文明國は、この獨占資本、金融資本、帝國主義の時代に入りつつある。これは資本主義發達の當然の結果である。
自由主義及び自由黨は、資本主義の初期及び成熟期に於ける、謂はば本質資本主義の立場を反映する思想及び政黨であつて、この政黨が今日各文明國を通じて次第に寂滅の傾向を示しつつあるのは、社會進化の齎らす當然の歸結である。今日では、大資本、金融資本、帝國主義を反映する思想及び政黨が、漸く時代に適合せんとしつつある。この時に當り、依然として自由主義、自由黨に立て籠もり滅び行く生命を維持せんとするのは、それこそ正に反動であり、時代錯誤である。この意味に於いて、かの武藤山治、鶴見祐輔、その他凡百の自由主義群盲の如きは、最も嚴密な意味に於ける反動主義者といふべきである。
この樣に、保守黨は今日の社會的發達の新段階にピッタリと適合することは明白であるが、唯だこの保守黨が、一見何程か反動主義的なるかに思はれるには多少理由がないでもない。元來、保守黨は封建的餘力を代表せるものであつて、これに對し自由黨は當時の新興勢力たるブルジョアを代表し、この二つのものは、形こそ種々異なれ各文明國を通じて永く爭ひを續けて來た。そこで、保守黨は即ち封建主義を代表するものだとの印象は深く人心に刻まれるに至つた。
ところで、マルキシズムの唯物史觀からすれば、封建制度が資本主義によつて倒壞せしめられたやうに、保守黨は自由黨によつて倒壞せしめられ、その自由黨はまた今度は勞働黨によつて倒壞せしめられ、斯うして社會主義の新時代が來るといふ順序になる。然しさう問屋は卸さぬところが、現實の面白味である。亡びた筈の保守黨が今日、壓倒的勢力を振つて自由黨を蹂躙し、新興經濟的政治的勢力の代表者として雄飛するに至つた。これは如何なる原因にもとづくのであるか。
一には、保守黨を代表する人々の中には、各國を通じて、大資本を擁する者が少なくない。例へばイギリスに於いては、保守黨は元來大地主だが、今日では、これらの大地主はまた獨占資本、大金融資本の一部代表者ともなつてゐる。更らにもう一つの理由をあげれば、獨占資本、帝國主義の現代に於いては、當然國家權力が強調される。背後に強烈なる國家權力をもつことなくして、これらのものは活躍し得ない。然るに自由黨は、その自由主義の立場から、國家權力を極度に嫌惡し、殆んど無政府主義に近い立場に於いて國家權力の作用範圍、作用強度を制限すべきことを主張する。保守黨はこれに反して、最初から國家權力を尊重してゐる。以上の諸點が、思想的政治的に保守黨を時勢に結合せしめて、その勢を盛んならしめるに至つた有力な原因と思はれる。
いづれにしろ、今日の時勢は斯くの如くである。それは、社會的發達の過程が當然の歸結として齎したところの一段階である。斯う見て來ると、保守黨の擡頭は反動どころか寧ろ一大進歩を示すものだ。ただ問題は、この保守黨全盛の次ぎに來たるべき時代の形相であるが、この點に關してはいづれ機會を更めて説かう。
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