文壇社會學

高畠素之


一 文學青年と政治青年

人間の類型をハムレツト型とドン・キホーテ型に分別せる故智に從ふなら、明治から大正へかけての日本青年は、これを文學青年と政治青年とに大別することができる。星菫派と衣肝派とは相互に輕蔑しあふ二つの存在であつて、永久に合致することのない平行線であるかに見られてゐた。ところが大正の末期から、兩者の分別はしだいに混亂をくはへ、昭和の今日ではどうやら文學青年即政治青年の觀を呈し、文學全集と思想全集はカードの上で共通性を發見するやうになつた。

具體的にいへば、政治青年の現代的表現は社會主義青年である。嘗て立憲政治に對象を置いた彼等の情熱は、今や社會主義に對して全部が集中され、民權自由の看板はプロレタリア解放の看板に塗りかへられ、依然として官憲の横暴を挑發することにより自己滿足を追求してゐる。唯だそれなりに異るところは、情熱發散における從來の素朴性が失はれて組織性が加はり、大言壯語のかはりに知識的教養が移入された一事である。これを他の半面からいへば、彼等がヨリ思想的になつたことにより、文學青年への事實上の接近を促したとも見られるであらう。

同じことは文學青年に對しても言ひうる。從來の觀念にしたがへば、文學の事業は俗人の俗務とはちがつた特別の使命を有し、靈魂の糧を供給する高等な職業らしく考へられてゐた。隨つてその天職をして光輝あらしめるためには、つとめて天才らしく振舞ふことを有利とするところから、象牙の塔の中で灰色な憂鬱を誇張してゐたのである。しかし古い言葉だが、あらゆるものに偶像的信頼をつなぎ得なくなつた近代人とやらが、いつまで文學藝術にのみ神を認める道理はない。左官や大工と同列に扱はないまでも、ひとしく生計手段たる稼業だとわかつて見れば、特別に尊重すべき理由もないので天上から地上にひきおろし、文藝的活動そのものをさへ一の社會現象として眺めるやうになつた。かくして文藝上の天才主義は俗人主義にかはり、延いてはデイレツタントの横行に貢獻した。現に當今の文學青年の氣風には、昔ながらに鹽を嘗めて藝術に精進するといつた野暮はなく、時代的な尺度から價値を計量し、その標準から萬事を決定してゐるやうに思はれる。

この現象に一考察を下す段になれば、例の上部構造と基礎建築との關係的理論をそのまま適用し、資本主義における『平均化の原則』を證明すれば十分であらう。しかし、さうした衣冠束帶の議論はヌキにして、とにかく今日では、文學青年と政治青年の實體がやうやく接近し、もはや二分された類型と見られなくなつたのは事實である。例へばいはゆるプロレタリア文士である。彼等は自己の文學的立場に對して社會主義の理論的是正を求める一方、社會主義的理論に基づける自己の文學的立場の展開を企ててゐる。幸か不幸か、その企てはいまだ成功してゐないが、なほ進んでいへば、この企ては永久に成功しないかも知れないが、しかも政治と文學の相互關聯について、彼等が一個の時代的な『問題』を提供したことだけは認めてやらなければならない。のみならず、彼等によつてなされた問題の提供は、贊否いづれにもせよ無關心なるを許さなかつた意味において、彼等がいかにも政治と文學との二面にわたる素人であるだけ、それだけ或る時代的なインテレストを代表するといつてよからう。文學と政治との兩棲動物は、實にプロレタリア文士によつて具現されたのである。

文學と政治とのかくの如き接近は、勢ひ玄人と素人との混淆にまで導く。例へばマルクス學の研究といふやうなことでも、從來はわづか一部の好事家によつて行はれてゐたのであるが、今日では社會科學研究會の學生から勞働組合の職工にまで普及するに至り、明白なる時代の常識となりつつある。その間に玄人と素人の差別はなく、あつてもごく僅少の程度に止まつてゐる。同樣に外國文學の知識に關しても、世界文學全集の購讀者が、八百屋の小僧や洋食屋の女給までを包括するに至つては、これとて玄人と素人に雲泥の相違があるとは考へられない、しかも玄人がわづかに玄人としての估券を保ちうるところは、文字驅使の技術に多少の長があるか、或は他の條件に關して偶然めぐまれたかにより、一方の消費者たるに對して生産者たるを得たことに求められる。隨つて同じ文筆上の生産者たる意味で、小説家に政論を吐かせたり、學者に隨筆を書かせたり、いはば專門外の餘技をふるはせる當今の流行は、それ自身が一種の不勞利得であるかどうかは別問題として、雜然混沌たる時代の興味を反映すると同時に、或る意味では玄人と素人の亂脈を立證する材料であるかも知れない。

いささか前口上は長きにすぎたやうだが、これは純文藝術雜誌『新潮』が我々ごとき門外の素浪人を呼びこみ、多少でも目先きをかへようとする現實的理由の本體を解剖するに併せ、與へられた『光榮』に對して『恐縮』の意を表するつもりだつたのである。

二 出版事業の羊頭狗肉性

政治と文學の接近といふことは、これを文學の側から見るなら、取りもなほさず社會化したとの意味にほかならない。即ちそれは、文學そのものが社會的に浸透したことと、文藝家の關心が社會的になつたことと兩面の意味を有する。

文學が社會的に浸透したのは、いふまでもなく教育による文字的知識の普及が最大である。しかしこれを急速に促したのは、よかれ惡しかれヂヤーナリズムに負ふところである。ヂヤーナリズムは活字の發明と印刷技術の進歩を前提として成長し、ヨリ良き書物をヨリ廉く提供することにより、社會の需要を比較的容易に充たすと共に、巧妙な廣告によつて更に讀書の興味を刺戟し、兩者の交互作用は驚くばかり文字的知識の普及に貢獻した。しかもその絶頂は、最近の一圓本流行だつたのである。

この傾向に對して佐藤春夫氏は、いかにも文學者らしい氣持ちから感懷を洩らしてゐられる(中央公論四月號の文藝時評)。それはヂヤーナリズムに對する消極的な抗議とも見るべく、傾聽すべき部分もすくなくはない。しかし、純粹なものに對する氏の極度の愛惜にもかかはらず、私のやうな十把一束的に社會現象を現實主義的に見る側からすれば、生るべくして生れたヂヤーナリズムに罪はないのみか、結果的にみればやはり文明の進歩に貢獻してゐることを認めぬわけにはゆかない。

佐藤氏も或る程度まで『議論の餘地』を殘してゐられるやうに、今日の出版事業はそれ自身が營利を目的とする企業である限り、利潤の獲得が最大にして唯一の動機である。勿論『社會に取つて有益な書物の出版』も、その『事業本來の使命に自覺して』やつて貰ひたいのは同感であるが、肝腎の出版屋にしてみれば、いかに何でも明白な損失を見こして計畫を樹てることには怖ぢ氣をふるふであらう。『主義方針の一定した出版方針を確立』することも、それは『民衆に報ゆる』ためになされるのではなく、實はさうすることが一定の社會的信用を獲得するゆゑんであり、ひいては利潤の獲得に貢獻し、氏のいはゆる『民衆によつて得る』ことが可能であればこそ、一見道樂とも考へられる計算も成立するのである。故に一圓の編纂に際して、出版書肆が『算盤が立つかたたぬかについて考慮を支拂ふほど、編纂の方針に遺漏なきを期したるや否や』は明瞭で、よしんば多少の考慮を拂つたにしても、それは全集そのものの名譽のために拂はれたのではなく、實は内容價値のヨリ良きことが販賣成績のヨリ良き結果を収め得ることを打算したからに外ならない。いささかマンチエスター亞流の口吻に類するが、かうした外部的競爭の飛ばツちりが、偶然にも價格の低廉をうながし、内容の改善をも導くのである。

廣告に對する佐藤氏の公憤も、野暮といつて惡ければ潔癖にすぎるやうに思はれる。元々出版事業は、學校事業があだかもそれであるのと同じく、公益の羊頭をみせかけて利益の狗肉を賣る商賣であるから、コムマーシアリズムの正體を露骨に想像させるのは不得策である。そこで成るべく社會奉仕らしい看板を見つけ、またそれを裏書するにふさはしい人物に提灯をもたせ、何といふことはなしに煙にまく必要が生ずる。殊に一圓本の諸全集は、いづれも何萬といふ金を投資してゐる以上、從來の文學青年と呼ばれる顧客の範圍をはるかに擴大し、私のいはゆる八百屋の小僧や洋食屋の女給まで吸収しなければ、いきほひ算盤が取れないといふ勘定になる。かうした人種に對しては、文學的にいかに無智蒙昧であつても、若槻禮次郎や後藤新平や、その他等、等の世間的名士の方が文壇的名士より信頼をつなぎ得べく、それだけ内容價値を裏書する效果も有力なのである。淺猿しい話であるが致しかたもない。

出版書肆にしたところで、佐藤春夫より若槻禮次郎が文學がわかるとは考へてはゐまい。が、愚夫愚婦の購買慾をそそるためには、時にとつて若槻禮次郎を利用すること、なほ猫に小判を與へずして鰹節を與へるにひとしい。小判は小判として一定の價値があるなら、何も猫の前で通用しなかつたことを慨嘆するにも當るまいと思ふが如何? 更に出版書肆に對しての苦情にしても、それ自身が營利目的をもつて成立してゐる商賣であるなら、あらためて『文學者の仕事を、もう少し文學者の手に委ねてもらひたい』と要求するのも、どうやら筋違ひぢやないかと思ふが如何?

文學者は文學者、出版屋は出版屋、おのづから商賣往來を異にした二つの存在である。聰明一代に鳴る佐藤氏にして、まさかその間の事情がわからぬはづはなし、それを承知でなほ『憂鬱なる現象』と見なければ氣のすまぬ詩人的な潔癖さに對しては、こつちも萬更らの色盲ではないつもりだが、物の考へ方もしくは感じ方の根本には、飛び越えがたい開きがあるのは事實である。

三 玄人と素人の諸段階

一圓全集の社會的意義といへば少し大袈裟だが、私の興味の訴へる範圍では二つの特記すべき事項がふくまれてゐる。その第一は出版事業に於ける大量生産の可能を立證したことであり、その第二は書籍の消費階級を飛躍的に増大したことである。

忌憚なくいへば、從來の出版事業は如何にも事業らしくない事業であつた。といふ意味は、それが企業として成立せしめがたき根本條件があり、ためにせいぜい三千なり五千なりの部數を見こして計算を立て、その範圍でわづかの利潤を収得するにすぎなかつた。この事はすなはち、出版屋の有する資本力の多寡に由來するものでなく、顧客の消費力の多寡に由來してゐる。言葉をかへれば、出版における資本主義の適用は、販路の局限によつて成立が不可能だつたのである。實際、文學ものや思想ものにおける讀者は、特定の範圍に局限されてゐて、それ以上に突破することは殆ど不可能と考へられてゐた。それがため勢ひ生産費も高くつき、ひいては價格も高くなるところから、ますます販路の擴張を困難ならしめ、消費力を遲鈍ならしめた憾みがおほい。原因を探求すれば、日本語國民の文字的普及の微力をかぞへられるであらうが、それにしても英語國民や獨逸語國民や、或は佛蘭西語國民の消費力の旺盛に比較すれば、あまりにも相違がありすぎたのである。

ここに着眼したかどうかは不明だが、一圓全集の出版者諸氏は、從來の讀書階級と稱せられる限界線を突破し、まるで無縁の衆生と考へられてゐた市井大衆の間に販路を擴張したのである。あらゆる企業が常に冒險を伴ふごとく、この計畫も冒險といへば冒險であつた。しかもその冒險の結果は、案外にも出版に於ける大量生産――資本主義的生産の可能を立證し得たのである。

或る社會主義論客は、教科書のままなる大企業の小企業壓迫の經路を叙し、出版資本主義は大出版屋が小出版屋を壓倒する手段であるかに論じてゐた。ある意味ではその通りである。しかし目前の事實だけについて言へば、販路のない商品の生産が無謀であるかぎり、さうした邪氣を動機にかぞへるよりも、文藝乃至思想の社會的浸潤をもつて出版資本主義を成立せしめた原因にかぞへなければならぬ。即ち八百屋の小僧や洋食屋の女給にまで、たとひ名前だけでもトルストイやマルクスが印象せられてゐたことが、販路擴張の礎地を提供したゆゑんである。而もかうした販路の擴張が、廣告によつて促進されたこといふまでもなく、百貨店の廣告が時代の流行を支配すると同じ意味で、むしろ供給のために需要を挑發したかたむきも多い。若槻禮次郎や後藤新平は、サンドウイツチ・マンなみの廣告手段につかはれたのであるが、しかし結果からみれば彼等も文運の興隆に寄與し、日本の文化的發達を助長せる意味で安んじなければならない。

玄人と素人の混亂については先述の通りである。だがこれは、どつちかといへば變態的な現象である。元來人間は、如何に上手でも素人芝居に金を拂つて見物したがらないやうに、何がなし玄人を尊重するといふ共通の心理をもつものである。隨つて、素人の高上によつて玄人線が低下し、それが素人線に埋沒しさうになると、新たなる玄人の出現を要望する素人の心理と、自己の立場を開拓する玄人の當面的必要から、ヨリ高い玄人線を設定して一定の間隔を保ち、常に二個の對立せる存在たる實を示さうとする。その時において、嘗て玄人の域に推進した素人は新たなる素人として殘留する。而も客觀的なる玄人と素人とは、同じ社會にあつても幾層かの段階を形成してゐるので、一方に對しての素人も他方に對しては玄人たり得べく、追ひつ追はれつのさうした不斷な運動を反覆することが、總和としての社會全體が文化的に高進してゆく過程である。一例すれば、從來のいはゆる讀書階級なるものは、今ではやや玄人線に接近し、從來の玄人と共に、ヨリ高い玄人線の設定に貢獻せんとするところの一團である。かうした種類の素人のほかに、ヨリ低い素人もまた存在しなければならぬ。直言すれば、一圓全集の讀者はこの一團を代表する。しかも社會には、ヨリ低い一團、更にヨリ低い一團といふ風に、文藝乃至思想の素人段階は疊層してゐることを知らねばならぬ。これらの諸集團の漸次的高進こそ、永劫につづく人類文化の發展行程である。

話はだいぶ屁理窟めいて來たが、物事を傾向的に法則的に觀る段になれば、かうした説明も成り立ち得るのである。現に佐藤春夫氏も、同じ時評の中で『昨日までは新聞の通俗小説だけが面白かつた頭の中に、眞の文學的或は思想的教養の發芽を促すに役立つた曉には、藝術的精神に自覺した民衆は進歩した讀者となる』ことを認めてゐられるやうだが、一圓全集の意義はそれだけで十分である。すなはち『何十萬を以て算するといふ民衆』に、さうした手引を與へただけで十分である。氏のいはゆる『有益な書物』といふのは、恐らく玄人用乃至半玄人用を意味すると思はれるが、それとこれとは自らにして社會的效用を別にするのである。

四 文壇的鬪爭の政黨化

文藝のかくの如き社會的浸透と共に、當然豫想されるのは文藝家對社會關係の複雜性である。從來のわが文藝家は、昔ながらの文人墨客的氣分を多量にもつうへ、同業者の社會的集團たる文壇の殻内に閉ぢこもり、特定の文學青年を對象として生活するに過ぎなかつた。しかるに文藝が萬遍なく社會に浸潤するや、これも佐藤氏の指摘するごとく、文藝家は社交上、政治上の功利的手段のため用ひられる風習を助長し、やがては『一般社會の法則が所謂文壇といふ特別の社會へその手掛りを擴げる』こととなり、嫌が應でも外部から俗化を強要するに違ひない。現に文藝協會(?)といふやうなアカデミツクな機關もでき、著作家組合とか劇作家組合とかも組織され、ずゐぶん俗人らしい俗務をやつてゐるのである。殊にいはゆる文壇なるものは、玄人線がぼかされて範圍を擴大せると正比的に、師弟の道義的要素で結合してゐた從來の封建制度が打破され、黨派的紛爭を露骨ならしめ、どうやら多數主義の原則も移入されて來たやうに見うけられる。もちろんかうした鬪爭は、從來とて全然なかつたわけではない。しかし、それは『閥』の名において行はれてゐただけ、いかにも封建氣分を濃厚ならしめたもので、現在の文壇的鬪爭とは著しくその性質も面目も異にしてゐる。これ文壇が政黨化し佐藤氏のいはゆる『一般社會の法則』が文壇に移植された有力な證據である。このやうな傾向は、文藝の普遍性が増大すればするほど、露骨の程度をくはへてゆくものと見なければならない。

藝術一路の佐藤春夫氏が、かうした文壇のヴァルガリズムに慊焉たる心理は、恐らくオスカー・ワイルドが社會主義下においてのみの生存が可能だと觀じた態度と共通するものであらう。なほ進んでいへば、氏が社會的複雜性の文壇的浸入を警戒し、文藝の事業と精神に關して『不可浸力の強靱』を強調する心理は、大量生産があらゆる人生と自然の美を破壞するといふ見地から、即ち『美』そのものの擁護のために、資本主義制度の撤廢を要求したウイリアム・モリスとも直接に通ずる。むべなる哉、ヂアーナリズムに對する執拗なる呪詛や、である。

しかし浮世の萬事は、考へ方の重心をどこにおくかの問題である。美の追究に最大の價値をおく人に取つては、美を障碍するものが最大の惡であらう。ところが私のやうに、人生の利用厚生といふことを考へたがる癖の男に取つては、涙を呑んで美を犠牲にすることの已むを得なさを理窟づけたくなるのである。惡癖も度をすごすと、何の藝術至上主義ぞと啖呵をきりたくなるが、佐藤氏やモリスなどともアカの他人ではないと考へてゐる。ただいつぞやも言つたことだが、十返舎一九の文學を尊重するために東海道線を破壞するか、或は『チチキトク』の電報のために東海道線を利用するかの段になれば、敢然として文明の利器を擁護したい本性がでてくる。同じ意味から、大量生産も廣告手段も、さらにはヂアーナリズムも、人生の利用厚生といふ見地から是認したいのである。

もつとも佐藤氏とて、何も特別に指摘して大量生産を攻撃してゐるわけではない。寧ろそれは、價格の低廉を促す意味で結構さを認めてゐるが、その双生兒たる粗製濫造を極度に嫌忌する意味でどうやら大量生産を間接的に非難するらしく見うけられた。大量生産には素より害惡を伴ふ。しかしクロポトキンのいふやうに、一册の本をつくる著者は、文撰工も植字工も印刷工も、さらには製本工も兼ねるべきだとなれば、我々はとてもその煩に耐えられさうもない。自分の道樂を滿足させるにしても厄介である。殊に今日のやうに資本制生産が旺盛な時代であれば、よしんば著者の道樂は遺憾なく滿足させ得ても、生産費が高くついて一般的利用に貢獻することは出來ない。それよりも、多少の難は難として、ヨリ良き本をヨリ廉く提供して貰つた方が助かる。何となれば、かくすることが一般の消費を容易ならしめ、讀書の享樂を自由ならしめるからである。その結果、社會の文化的發達を促進し、大いに天下國家に貢獻してもしなくてもよからうが、それによつて自己の商品販路を多少でも擴張しうるなら、それだけ自己の生活の擴張を約束すべく、それこそ文字どほりの相互扶助ではないか。それもこれもヂアーナリズムのお蔭だと思へば、仇やおろそかに惡口を言つてはすむまいといふのも、單なる逆説とばかりはいへないと思ふが、さういふことも私の僞惡癖の然らしむるところと片づけ得るであらうか!

五 物質文明は是か非か

一圓全集の社會的意義で道草をくつてゐる間に、せつかくの主題たる文壇社會學は影がうすくなつたことを憾みとするが、どうせの序に、文明が幸福であるかどうかの問題について、今度は谷崎潤一郎氏の所説を通して具陳してみたい。

谷崎氏の感想『饒舌録』は、東洋主義と西洋主義を説いた近ごろめづらしい文章である(『改造』四月號。)佐藤氏の時評と共に、私に取つては先月中での讀みごたへする文章であつた。谷崎氏の提供した東洋主義と西洋主義との葛藤は、私のごときも痛切に經驗してきたつもりであるが、また谷崎氏の指摘するごとく年と共に東洋主義の濃厚を加へて來たやうであるが、それにしても氏のいふ意味ではどうやら私には西洋主義の要素が多量であるかに考へられる。この年になるまで私は佛教よりも基督教(ヨリ西洋的といふ意味で)を、日本刀よりもピストルを、墨繪よりも油繪を、それぞれ中途半端ながらヨリ好むところを見ると、平素の看板は別としてヨリ西洋的であるといへるであらう。隨つて兩洋の特色を、精神的と物質的とによつて表象する部分においても、後者であることは言ふまでもあるまい。

谷崎氏はいふ。『假りにわれわれは科學の恩惠を蒙らず、物質文明の有難さを知らなかつたとする。さう云ふ世の中を考へて見るのに、必ずしもそれほど不幸ではない。汽車も電車もない代りには地球上の距離は今ほど短縮されてゐなかつた。衞生設備や醫術が幼稚であつた代りには人口過剩に苦みもしなかつた。大量生産の經濟組織や機械工業がなかつたお蔭には、われわれの衣服調度は皆丹精を籠められてゐた。』その通りである。『かういふ世界も亦一個の樂園ではないか。人類の幸福に代りがない以上、それは必ずしも文明の退歩だとはいはれまい。』これもその通りである。何れもその通りであるが、先述の佐藤氏に對する立場と同じく、私は反對の意味を繰りかへさなければならない。

何ゆゑに然るか。――唯物史觀の祖述をするつもりではないが、かうした物質的生産力の發達といふものが、天から降つたり地から湧いたりしたものでなく、やはり一個の社會的必然によつて生れて來たことを認めるからである。

文明を呪詛する傾向は、豫言者は別として社會主義の方でもフリヱー以來、はなはだ有力な一派をなしてゐる。而もそれが、文明の恩惠を知らなかつた以前を『假定』することに立論の根據をおく點で、まつたく谷崎氏とその軌を一にする。暫らくの談議を許して預けるなら、假定はすでに事實ではない。隨つて、文明機關の恩惠を全く知らなかつた状態と、これを知つて而も文明機關の一切を取り上げた状態とは、生來の盲者と中年の盲者との相違以上に、不便の程度において相違することを知らねばならぬ。まして生來の盲者が中年の目明となり、浮世の醜穢にあきれて再び元の盲者を希望するなどといふことは、坪内博士の戲曲においてなら成立し得たか知れないが、即ち一の寓話としてなら成立し得るかしれないが、現世この娑婆の生きた問題としては到底考へられない。谷崎氏の意味は多分にかかる寓意を含むと思ふ。併しそれなりに、氏が『われわれは西洋に侵略され、國が滅ぼされる恐れさへなければ』と假定してゐる點で、必ずしも寓意のみと考へられぬ節もある。

谷崎氏の案じられるやうに、日本人の東洋主義への固執は、換言すれば物質文明への背反は、直ちに日本國家と日本國民の滅亡を豫定する。有形的滅亡のかはりに精神に於ける無形的勝利をうれば、或はそれでもいいといふ論法も立つか知れない。が、但しこの場合は、日露戰爭により日本は戰爭で勝つたが思想で負けたといふやうな、さうした詭辯的意味でなくして文字通りの滅亡である。科學の放棄は單なる武器の放棄でなく、一切の生産の放棄を意味する以上、それは直ちに人命の放棄を意味する。外部的に滅ぼされるより先きに、内部的に我れと我が身を滅ぼすのである。

そこで我々が考へなければならぬのは、當今の時勢の世智辛さが、單に好きだとか、嫌ひだとか善いとか惡いとか、すべてさうした道義的動機によつてのみ、人間の行動を規制し得なくなつたといふ一事である。必然の惡はそれが必然なる限り、人力をもつて如何ともなし能はない。佐藤春夫氏の嫌ひな、そして私も同時に嫌ひな、ヂアーナリズムも、コムマアシャリズムも、ヴァルガリズムも、その他凡百のエトセトラも、それが當世の必然惡だと認識し得れば、野暮に取ツ組んでも始まらないぢやないか、といふのは御歴々に申し上げる文句ぢやなく、實は我れと我が身に時々いひ聞かせる言葉なのである。

六 個性を喪失する經路

科學文明もしくは物質文明は、發生的にはなるほど西洋的であつたらうが、全地球をその單色で塗りつくした今日となつては、東西を包括したる世界的なものとなつてしまつた。度量衡の單位にメートル法を施行するやうなことは、一見いかにも些細な問題と考へられやすいが、これなどは商業取引の便利が促した一結果といひながら、實は一切の價値判定の尺度が世界共通となつてきた表象である。また最近の斷髪洋裝の流行にしても、これを單なる物好きに歸する以前、活動の便利を必要とする職業婦人の増加を考へなければならぬ。また『翻譯文學や亞米利加製の活動寫眞』の要求は、未知の世界に對する素朴的な憧憬と解するより、青年日本の慣習や感情まで西洋化してゐることに原因を求めなければならぬ。『飛行機やラヂオや超努級艦』の移入と共に、その影の半身たる『過激思想』も移入したのである。

かくの如く、西洋と東洋とは觀念的にこそ對立し得るが、事實的には全く對立が不可能となつてしまつた。幸か不幸かその原因は、やはり科學文明の結果である。科學文明の發展は、人間を機械の附屬品たらしめ、同時にこれを取引的な商品に化せしめる。かかる人間の無機物化は、やがて個性の存在を許さぬ一個の機械として取引に便ならしめ、ひいては世を擧げて人間の平均化に傾かしめる。モダーン・ガールの結髪の如何に類型的なるかを見よ。モダーン・ボーイの洋服の如何にメリケン型なるかを見よ。

彼等および彼女等は、それ自身の機械化につれ、靈魂を荒廢せしめるところから消費生活に強烈な刺戟を要求する。正宗白鳥氏はこれも『中央公論』の演劇時評で、この傾向を直截に掴んで次の如くいはれる。『カツフエーや料理屋や呉服店やの存在が、現在の社會に必要になつてゐる如く、さういふ遊戲本位の劇場も、今日の都會には必要なのである。』むしろ今日の都會に必要な劇場は、遊戲本位なることを根本の條件とする。これは啻に日本ばかりでなく、西洋諸國はもとより一切の資本主義化した諸國の通例である。

一般社會のかかる傾向は、文藝的活動の方面にも波及せずにはゐない。門外漢の悲しさに、跳梁するこの俗人主義を見よ、とは敢ていへぬが、文壇人が生活的にも作品的にも、次第に非個性的になつてきたのは事實であらう。しかも最近では、かかる非個性的な傾向を是正するつもりかどうか知らぬが、超個人主義の文學だの、國體主義の文學だの、説明を聞かなければ意味のわからぬ標語なども擔ぎ出されたやうである。一圓全集の流行も決して故なしとはしない。

一方これと同時に、消費對象たる文學藝術の本質上、刺戟的な惑亂的な作品も盛んに提供されてゐる。新感覺派といふ俗稱のしかることを裏書する一團や、ダダイズム、キユーピズム、コンストラクチヴイズム、およそえたいの知れたやうな知れないやうな諸運動は、倒錯せる時代の興味を反映する意味で、ジヤヅとエツサツサの混血兒である。それもこれも、砂を噛むがごとき日常生活の疲勞を慰やす手段であることを思へば、かうした世界通有の傾向もなるほどと首肯できるであらう。しかも日常生活の噛砂化は、資本制生産方法の發展とともに、換言すれば科學の人類的應用の増加とともに、愈々益々はなはだしさを加へることを覺悟しなければならぬ。

茲において我々は、谷崎潤一郎氏の驥尾に附して東洋主義の復興を叫ぶべきであるかどうか。――單に叫ぶだけの事なら、いとも簡單な事業であるが、事實上それが不可能となつた今日では、即ち東洋主義への背反が年と共に濃厚となりつつある今日では、嫌やが應でも目前の必然惡を直視してゆくの他はない。若しさもなければ此必然惡を人爲的に除去する方法であるが、それにした所で黄金時代が招來しようなどとは考へられぬ。年と共に東洋主義への渇仰が目ざめてゆくのも事實だらうが、年と共に人性惡の根本に對する懷疑的傾向が増してきたのも事實である。これはどうにも致し方がない。

文壇社會學といふ看板の大袈裟な割に、内容の貧弱な點は鬼面人を嚇す當世流行の廣告詐術と御承知あるべく、言はずもがなの談議に引き出された御兩所はこれも必然惡と御諒承あるべく、以上。

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