■文を賣る傍より

高畠素之

■卒業論文の代作

賣文社に一番多く申込のあるのは、趣意書、飜譯文、廣告文、商業上の取引文〔、〕地方の新聞雜誌の論説や小説などであるが、時には私立大學の卒業論文なども、なかなか依頼者が多い。この間も獨文の飜譯を頼んだ帝大の生徒があつたが、そいつは數回請求に行つても金を拂はないで、遂々(とうとう)逃げ出してしまつた。金拂ひの好いのは、何といつても慶應の生徒である。

■祝辭の衝突

逸話といふやうなものも隨分あるけれども、茲にはその二三を御紹介して見よう。

此間女學生が、卒業式の祝辭を頼んで來たので、堺さんがそれを書いたが、私がその祝辭を家へ持つて歸つて、妹に讀んで聽かせると、それと全然同じ祝辭を今日學校で讀んだ人があると言つた。

■戀文の註文

或女から戀文の註文を受けたことがある。すると、その戀文が社員の友人のところへ舞ひ込んで來た。

■詐欺の廣告文

信州の者で森林を開拓して、それで金を儲けて苦學生を養ひたいから、その趣意書を書いて呉れと云つて來た。原稿料は八圓程であつた。暫らく時日が經つてから、その男が開拓事業の爲めに詐欺をしたといふ記事が新聞に出てゐた。全(まる)で詐欺の廣告文を書いたやうなものであつた。

■社會主義撲滅論

時々社會主義を撲滅しろといふ意味の文章の註文が來る。その度に思ひ切つて過激に書いてやる。すると、も少しお手柔かにやつて呉れと云つて來る。

■和文英譯と英文和譯

三十五六位の教師らしい男が、小さな和文を持つて來て、それを英譯して貰ひたいといふことであつた。そこで英譯してやると、十日ばかり經つてから、一人の青年が英文和譯を頼んで來た。それは前に教師らしい男に英譯してやつたものであつた。何でも調べて見ると、その教師は私立學校の教師で、その青年はその近所の者で、英文和譯の宿題を出されたものだと判つた。

■代議士の推薦状

今度の總選擧の時、代議士の推薦状を十二三枚書いた。それが皆當選した。たゞ當選しなかつたのは、此處の主人公の堺さん丈けであつた。


底本:『文章倶樂部』第二卷第六月號(大正六年六月)

注記:

※以上,おおむねルビが振られているが,本テキストでは一部を除き省略した。
句読点を増補した場合は〔 〕内に入れた。
※本分末に以下の注文がある。
「高畠氏は、賣文社員である。賣文社とは、堺利彦氏の經營しつゝある文章代作處、即ち、御註文に應じて、何でも書いてやるところである。飜譯文、廣告文、ちよいとした手紙から、數千百頁の大著述まで、何でもござれの文章の大問屋なのだ。」

改訂履歴:

公開:2007/12/02
最終更新日:2010/09/12

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