黙識録序(三宅尚斎)

書き下し

朱子曰く、「黙して之を識る者は、言わずして此の物 常に在るなり。今人 但だ説着せる時 在るのみ、説かざる時 在らず」(*1)と。横渠(*2)に『正蒙』の作有り、朱子に偶記の筆有り。其の他 薛氏(*3)の『読書緑』、胡氏(*4)の『居業録』、及び退渓(*5)の『自省緑』、皆 深求詳察、仁義忠信、心に離れず、而して日に其の亡き所を知り、月に其の能くする所を忘るる無からんと欲す。余 幼きより書を読み、今 殆ど六十歳。徒に犬馬と老ひ、而して自得の効無し。所謂存するが如く亡ずるが如く、説かざる時は在らずの致す所、亦 誰か責めん。然れども此の老境、古人 知精仁熟の秋なり。因りて日々見る所を録し、以て自ら他日の進否を察すと云う。

正徳五年乙未臘月四日、尚斎 識す。

原文

默識録序

朱子曰、「默而識之者、不言而此物常在也。今人但説着時在、不説時不在。」横渠有『正蒙』之作、朱子有偶記之筆。其他薛氏之『読書緑』、胡氏之『居業録』、及退溪之『自省緑』、皆深求詳察、仁義忠信、不離乎心、而欲日知其所亡、月無忘其所能矣。余自幼讀書、今殆六十歳。徒與犬馬、而無自得之效。所謂如存如亡、不説時不在之所致、亦誰責焉。然此老境、古人知精仁熟之秋也。因日録所見、以自察他日進否云。

正德五年乙未臘月四日、尚齋識。



〔語注〕

(*1)『朱子語類』巻三十四(『論語』默而識之章)の言葉。
(*2)張載のこと。横渠はその号。『正蒙』はその著。
(*3)薛叙キのこと。号は敬軒。『讀書録』はその著。
(*4)胡居仁のこと。号は敬齋。『居業録』はその著。
(*5)李滉のこと。退溪はその号。朝鮮の朱子学者。『自省録』はその著。


補足

底本には『日本倫理彙編』を用いた。『黙識録』は三宅尚斎(名は重固)の主著。尚斎は山崎闇斎の最晩年の弟子で、同門諸子没後も長らく崎門の長老として重きをなし、また多くの著書を残したことから、崎門三傑の一人に数えられた。本書は尚斎平生の覚書で、朱子学に関することが多い。体裁は『近思録』に似せてある。本書には別に岡直養校訂本が存在する。テキストとしては校訂本の方がいい。なお日本倫理彙編本は、巻一と巻二を道体、巻三を為学、巻四を問諸生と経解とする。岡直養校訂本は詳しく覚えていないが、編次に異同があったはずである。

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