土佐国の資料をまとめた『土佐國群書類従』から、秦山関係の資料書目を抜き出してみた。一般的に資料は原書を見るにしくはないが、全ての人にその便宜があるわけではない。さいわい『土佐國群書類従』は最近になって高知県立図書館から新装版が出版され、2010年現在でも個別に入手可能のようである。そこで以下に『土佐國群書類従』所収の秦山関係資料の書目を列挙し、同好の士の便に備えることにする。
なお『土佐國群書類従』は吉村春峰の編纂した大型資料集で、『南路志』とならび、土佐国の歴史を知る重要な文献の一つとされている。その収録時期は明治初期に至る。全160巻。ただし戦災により高知県にあった原本は焼失した。詳しいことは新版は内閣文庫等に所蔵されていた抄本をもとに製作したもので、全13巻の予定とされている。高知県立図書館の紹介を参照していただきたい。また新版各巻の概要も同館で紹介されている。
旧版 | 新版 | 著者 | 書名 | 備考 |
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巻1-2 | 第1巻 | 秦山 | 朝倉神名弁 | 実物未見。『秦山集』収録。 |
秦山 | 式社考著述之記 | 実物未見。 | ||
秦山 | 土佐国式社考 | 実物未見。『秦山集』収録。 | ||
巻3-4 | 秦山 | 土佐国小村社造替勧縁疏 | 実物未見。 | |
巻22 | 第2巻 | 真潮 | 流沢遺事 | 山内家の伝記。 |
巻66 | 第6巻 | 垣守 | 土佐国鏡草 | 土佐国の偉人伝。 |
巻71 | 島崎持幸 | 北渓先生行状 | 真潮の行状。 | |
巻111 | 第9巻 | 真潮 | 北渓撰集 | 歌集。 |
真潮 | 北渓先生龢歌 | 歌集。 | ||
巻120 | 第10巻 | 秦山 | 秦山集 | 『秦山集』甲乙録の一部。 |
巻123 | 真潮 | 北渓集 | 真潮の文集。目録別掲。 | |
巻126 | 第11巻 | 垣守 | 心的卑解 | 訓戒物。 |
巻127 | 秦山 | 小学晩進録 | 依光氏久記。秦山の『小学』講義。 | |
巻130 | 秦山 | 元亨釈書王臣伝論 | 師練『元亨釈書』王臣伝論の本文を含む。 | |
真潮 | 論仏 | 『北渓集』収録につき新版は省略。 | ||
巻146 | 第12巻 | 垣守 | 半家義民録 | 半家地方の伝記。 |
巻150 | 秦山 | 秦山随筆 | 『秦山集』丙丁録、戊癸録、庚辛録。 | |
巻151 | 未刊 | 秦山 | 秦山手簡 | 稲毛実編。増補版の単行本あり。 |
巻152 | 未刊 | 秦山門人 | 秦山門弟問目 | 和文。 |
未刊 | 真潮 | 北渓随筆 | 和漢文。 |
他にも少しく関係するところでは、巻39(新版第4巻)に真西堂『吉良物語』、巻52(新版第5巻)に大高坂芝山『南学伝』、巻126(新版第11巻)に山内規重『学否弁論』が収録されている。なお新版第10巻は秦山と真潮の文集のみならず、大高坂芝山『芝山存一書』と中山高陽『高陽山人詩稿』をも含むだけに価値がある。
なお真潮の著作として有名な『神道本論』『論仏』『論聖』の中、『神道本論』と『論仏』は『北渓集』に収録されており、同書によって容易に見ることができる。ただし『土佐國群書類従』に別個収録された単行本の『論仏』は、新版では『北渓集』収録を理由に省略されている。のこる『論聖』は遺憾ながら『北渓集』になく、『土佐國群書類従』にも未収録で、土佐国山内家宝物資料館所蔵の資料を閲覧するしかない。
最後に新版『土佐國群書類従』について少し書いておく。新版は旧版収録書目の抄本や他の伝本を利用してテキストを作り、和文は現代の平仮名片仮名に、漢文は新漢字に改めた上、返り点を付している。また原本に送り仮名のある漢文資料については、送り仮名も再現している。各々抄本・伝本に疑問のある場合は、適宜他本によって文字を校正し、その旨を注記している。その意味で新版は非常に便利である。
しかし新版に問題がないではない。私の気づいたところでは、まず校正者の訓読に疑問の箇所が散見され、却って読解の妨げになる。次にテクストの選定に疑問ののこるものがある。次に文字の校正に対する厳格な凡例が存在しない。最後に旧漢字を新漢字に改めている。この四つがあげられる。このうち訓読の誤りは、読者自身が改めればよいので、それほど重大な問題ではない。また新漢字への改訂は、原文保存の観点からも、必要度の観点からも、必ずしも改訂する必要を感じないが、普通の意味で問題が生じるとは思われない。
しかしテキストの選定と本文の改訂作業には、少しく遺憾な点が存在する。例えば秦山関係に限って言えば、高知県には土佐国山内家宝物資料館所蔵の資料があり、それとの比較が欠かせないはずである。しかし残念ながら新版ではそれらの全面的な比較校正はされていない模様で、時に諸般の事情で断念した旨が記されている。折角の大部の書物だけにこれは非常に惜しまれる。それに関係して、他本によって本文を改訂した場合、校勘の為に用いた本が最善であったのか、常に疑問が残ることになる。本文の通りがよい本が正しいわけではないからである。
とはいえ、学問的に利用するならば別として、一般人が本書を読んで驚くべき誤謬を引き起こすとは思えない。強いて言えば、訓読の間違いに気づかず、間違った読みをする可能性があるくらいだが、これはどのような資料にも当てはまるし、そもそも正しく訓読されていても、読者が正しく理解し得るとは限らない。したがって問題とするに足らないだろう。いずれにせよ、このような優れた書物を刊行した高知県立図書館とその関係者には感謝したい。
(附記)なお新版『土佐國群書類従』は毎年一冊刊行されているので、順調にいけば2011年に全13巻が完成するのではないかと思う。
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