『秦山集』巻四十二~巻四十九には序跋などの雑文が集められている。もともと序文や跋文、記や銘などは目的となる対象物に触発されて書かれたものであり、書簡のように対象が人間ではない。したがってそれらの多くは故あって書かれたものと見るべく、必ずしも秦山の思想を直接表明したものとは言えない。したがって以下には収録文章の篇目を挙げつつ、適宜その内容を指摘するに留める。
○炳丹録序
漢代から明代に至る忠臣義士の事跡をまとめたもの。貞享三年の作。秦山の名文として知られる。
○兵器図攷序
百百直廉の『兵器図攷』に与えた序文。書名の通り、兵器に関する書物だったらしい。元禄辛未(四年)の作。
○贈剣匠山口国益序
土佐国の剣匠の山口国益に贈った序文。元禄辛巳(十四年)の作。「予(秦山) 窃かに神代の学に志すこと有り」とある。
○送竹内常成市原辰中序
竹内には「竹の内」と送りがなが振ってある。秦山の友人二人が参宮するのを送ったもの。元禄十四年の作。神道関係の序文。
○海浜舟行図後序
摂津の隠士・衣斐玄水の『海浜舟行図』の後序。宝永四年の作。
○広恵簿序
宝永四年の土佐の大地震にまつわる話し。正徳四年の作。孫の真潮に書広恵簿後(『北渓集』巻一)がある。
○俗説贅辨序
井沢長秀の『俗説辨』等に触発されてまとめたもの。末尾に贅言を加えたから「贅辨」というと云う。正徳四年の作。
○儒門事親序
「代馬詰敬親」の代筆。
○俗説贅辨続編引
先の『続説贅辨』の後に「帝皇・人倫・為学の談に関わる者数十条」を加えたもの。享保戊戌(三年)の作。
○4は「恒実が論 之を得たり。文天祥 言あり。懐愍に従いて北する者 忠に非ず。元帝に従う者を忠と為す。徽欽に従いて北する者は忠に非ず。高宗に従う者を忠と為す。斯の語 以て千古の疑を破るべし。丁卯六月四日跋」が全文。○11は一節に「原るに夫れ本朝神皇の正統、君は則ち瓊瓊樽尊の神孫、臣は則ち天児屋命の公孫。相与に大神宮の神勅を崇守し、左を左とし、右を右とし、億万歳に亘りて一日の如し。豈に匈奴の父を殺し、漢国の君を殺すの俗と年を同じくして語るべけんや。此れ固より以て夫の天下に不是底の君無きの実を験すべきに足りて、凡そ外国の書 君臣を論じて其の邦の私言に出る者、皆 当に辨ぜずして明らかなるべし」とある。○13は著作年がない。前後を推して、元禄五年から元禄九年までの作。○14は天文を交えて諸国の性能を論じたもの。秦山が尊王の精神を発揚したものとして名高い。○15本文が『秦山集』巻十四に見える。馬詰敬親の仮名文を秦山が漢文に直したもので、医学に関する著作。○18は天人相関説にかかわる話し。○18と19は馬詰敬親の著述に対するもの。下は代筆。○23は『梅松論』を批判したもの。
○3は不息於誠・懲怒・窒慾・遷善・改過の5つに戒めを書いたもの。
○1は父親の墓誌銘。
○3は継善は野中兼山の子息。○9と10は渋川春海に対するもの。
谷氏の族譜を論じたもので、最後に表を付す。正徳2年の谷垣守元服の記述で終わる。
『秦山集』には秦山の学友・美代重本の序文と嗣子・垣守の後序(書家蔵秦山集後)が附され、さらに刊本には最終冊の最後に松本豊多の「秦山先生小伝」が加えられている。序文はいささか長文なのでこれを省略し、以下には垣守の後序と松本氏による『秦山集』刊行の始末を記しておく。
秦山集四十九巻、序目と合緘すること、二十三冊。先大人 終身自ら集録したまふ所にして、手沢 猶 新たなり。末梢 将に櫻に鏤み以て諸を無窮に伝へんとするも、宿志 未だ遂げず、奄忽として世を即きたまふ。遺憾万万なり。児 不肖、未だ其の事を述ぶること能わず。姑く之を装束し、異日の成功を期す。文字の改削、格内に在る者は、浄写に及ばず。或いは総格の外に出ずる者も、亦 其の紙を反折し、旧に依りて之を存す。但 遺文に於いては、則ち已むを得ず補入す焉。蓋し先大人の筆跡、片言隻字と雖も、復た得べからず。故を以て尊崇愛護の余、之を損敗するに忍びず。蔵して以て貽厥の家珍と為す。且つ後世子孫 学を好む者の軌範に備ふとしか云う爾。
享保十三年戊申三月中澣
嗣子谷丹四郎垣守謹識
松本氏の識語の最後に本書編纂の動機を記して次のようにいう。
蓋し先生(秦山)の志業は、当時に屈して、後世に伸ぶ。偉なりと謂うべし矣。著す所の書某某、皆 子爵干城君の家に蔵む。子爵の秦山集を刻するに、豊多に嘱して、之を謄写し、之を挍正し、且つ先生の小伝を為して其の後に繋げしむ。豊多 不敏不文、其の伝を為んこと素より其の人に非ず。然れども豊多 子爵の眷顧を蒙ること、此に三十余年、義 辞すべからざる者有り。謹みて其の梗概を叙べて上ると云ふ。
本書奥付は「明治四十三年十二月二十日印刷。同二十七日発行。著作者「故 秦山 谷重遠」、発行者「子孫 子爵 谷干城」。印刷者は沢村則辰、印刷所は成章堂。
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