傳疑樓書庫

劉文敏関係資料

人物・伝記・著書

劉文敏(1490～1572)、字は宜充、号は両峯（両峯）、吉安府安福県の人。王陽明の弟子。後、良知帰寂説を唱えた聶雙江に接近し、陽明学正統派の一人に数えられる。弟子に王塘南や陳嘉謨がいる。

劉両峯は、黄宗羲によると、王陽明‐両峰‐王塘南という一連の系列の中に位置付けられている。所謂「姚江の学、ただ江右のみその伝を得たりと為す。東廓、念菴、兩峯、雙江はその選なり。再伝して塘南、思黙と為り、みな能く陽明未だ尽さざるの旨を推原す」というのがそれである。ただし両峯に価値を与えるのは黄宗羲一流の考えであって、『聖学宗伝』や『理学宗伝』では両峯の名すら見出すことができず、黄宗羲の関与した『明史』儒林伝にしたところで、何善山の伝記に辛うじて附伝されるに過ぎない。随って、両峯に積極的意味を与えられるとすれば、それは『明儒学案』の権威に随った場合に限られるのである。

両峯の伝記資料は、『明史』巻283（儒林伝2、何廷仁伝附）、王時槐の墓誌銘「両峯劉先生誌銘」（『友慶堂合稿』巻三。『国朝献徴録』巻 114にも収録）、『明儒学案』巻19（江右王門学案4）の「処士劉両峯先生文敏」、『明儒言行録』巻8の「劉文敏」などのほか、王塘南編纂の万暦13年『吉安府志』巻19（理学伝）に伝記が立てられている。この外にも劉邦采と劉陽に行状と伝があったようだが（王時槐誌銘）、両者ともに現存しない。以上の中、墓誌銘と『明儒学案』が比較的詳しいが、『吉安府志』所載の伝記も重要である。なお『吉安府志』の編纂者は王塘南であるから、基本的に墓誌銘と違いはない。

次に著作であるが、『吉安府志』の伝記によると、「先生、著述を善くせず。子の昭諒、遺稿を検し百余条を得、之を刻して論学要語と曰う」とある。『論学要語』というのは、『明儒学案』に引かれる「論学要語」のことであろう。『明儒学案』所載の「論学要語」は全46条で、原典の半分弱が存在することになる。とはいえ、不正引用にかけては定評のある黄宗羲であるから、原典の46条をそのまま抜粋してきたとは到底考え難い。しかし既に『論学要語』が散佚した現在では、『明儒学案』所引「論学要語」を以て、劉両峯の基本典籍とせざるを得ない。

また間接的な資料であるが、聶雙江、羅念庵などの書簡などが残っており、時々の議論の跡が窺い得る。

伝記史料（１）：王時槐「兩峯劉先生誌銘」（『友慶堂合稿』巻三）

先生諱文敏、字宜充、姓劉氏、吉之安服三舎人。三舎之劉、在邑為鉅姓、所居東南有兩山、屹立並峙。學者既瞻望先生素養之高不可及、以兩山之秀而特起也、足以配先生之徳、遂稱之曰兩峯先生云。

先生自幼凝重端確、不妄言笑、飲食出入、必稟命於父母、比就塾竟日劬書、無少嬉惰。既長不治家人生事、矜莊堅勵、實天植之。歳壬午、先生年二十有三、則與其族弟師泉先生共學、思所以自立於天地者、或至夜分不能即枕。一夕、語師泉先生曰：「學苟小成、猶不學也。」蓋亟省之。已而讀陽明王公『傳習録』、所論格物致知之旨、與宋儒異、展轉研思、恍若有悟、遂決信不疑、躬踐黙證、久之、惟覺動靜未能融貫、乃歎曰：「非親承師授不可」、則買舟趨越中、見王公執侍門墻、往復三歴寒暑、歸而與獅泉先生砥切于家。

其學一以致知為宗、而殫精畢志、操存克治、一瞬一息、不少懈逸、語默作止、事無鉅細、必蹈準繩、深以末學馳騖空談、遺忽實行、可為痛戒。毎與學者言：「知體虚明、皎如赤日。但依此知、自照自察、以袪習氣滌凡情、纖瑕勿留、意念感應、生生化化、務協天則、雲銷日朗、垢盡鑑明、天全而性復矣。」其教人大指如此。不渉多岐、詞簡而義切、貌肅而哀懇。及門之士、敬畏誠服、己在未言之先。蓋其貞毅直方、可渝金石、儀刑之矩素定、而濳孚之幾有在也。

同郡東廓鄒氏、雙江聶公、念菴羅公、時時聚處、共證所學。雙江公獨掲未發之中、與海内同志往復辨詰、而於先生最所欽伏、間擧主寂相質。先生曰：「發與未發、非判然二也。能致其知、則寂在其中矣。」嘗七宿松原與念菴公極論、盡洩底裏、公初覺未一己乃傾信、既別公貽以詩、曰：「歎息卓爾域、千載能幾諧、目撃中有存、意會言無乖。」歳壬申五月、當誕辰、諸子姓上壽畢、先生退居一室、稱微疾、一日忽語其孫弘傑曰：「吾了當而歸矣。」遂明日逝。

先生早遊邑庠、已擅文章之譽、廩食需貢有期矣。一聞正學、即棄去、不復應試、布袍蔬食、韜光晦景、沒齒不求人。知滁陽朱遜泉先生教寧州、乃具薦於學憲存齋徐公曰：「劉某養深學粹、見大志遠、孝友刑家、身任斯道、安於躬耕、無慕世用、乞賜録抜、必有補於當時。」徐公嘉之、然公檄聘已先下、且欲召之貢、先生竟辭焉。先生雖投跡林壑、遯世不悔、而實修彌著、撫院學臺、郡侯邑長、往往引重、知其不可招致、則降牒遺緘、問老襃賢、以寓其傾企之誠、蓋數數然也。卒之踰月、郡侯欲吾雷公未之知也。猶移文稱劉某禔躬幅行、敦尚古誼、下邑延訪。已而郡邑諸士、合詞請祀先生於賢祠、公嗟悼許之。未及行、而學憲楨陬邵公下郡曰：「劉某力探聖域、倡明正學、令所司具粟帛羊豕、往佐其喪、諸博士弟子、其議所以應祀典者、列状以上。吾將俎豆之以風末進。」嗟夫、先生學不求知、而聲光自溢、所謂誠不可掩者非歟。

時槐與廬陵陳子嘉謨、弱冠時師事先生、獲執洒掃之役者、迄今二十有九年、而賀子涇、王子育仁已筮仕、並委贄受學。蓋嘗竊窺、先生其峻特而不可正視也、有嵩華壁立之氣。其敦樸而不少絢飾也、有大羮不和之味。其光明瑩潔、則日呈炯炯之昭垂。其精進勇詣、則江河浩浩之排決。其教旨直截、則駕安驅良、而振轡於如砥之周行也。其推誠無隱、則啓扁授鑰、而洞闢乎九陛之堂奥也。其言訥行庸、則菽粟布帛之無以異於人、而屋漏不愧、童孺皆孚、則水寒火燥之必信於世也。先生之學、晰幽昭遐、蓋於夫人死生之理、如指諸掌、乃其教人惓惓焉、一循其本然之知、以省克於念慮、而實踐於倫物、不為奇辟險曠之語。

歳己巳、先生年八十猶陟三峯之顛、靜坐百餘日。已而語時槐曰：「夫道本自不離、非力挽之使不離也。」先生未卒之先春且暮、時槐方自關西謝病歸。先生命舟來神岡西原之間、時槐偕賀子、陳子侍左右者旬日。別之夕、先生曰：「知體本虚、虚乃生生。虚者、天地萬物之原也。吾道以虚為宗。汝曹念哉、與後學言、即塗轍不一、愼勿違吾宗可耳。」夫先生豈預知其永訣、乃喫緊見囑、俾二三子不終墜其緒耶。

嗚呼、悲夫。先生不喜著述、所遺論學稿一二僅存、其孤將梓之以傳于世。於是持師泉、三五二先生所撰状、傳示時槐委之銘、乃齋沐為之銘。銘曰：

道垂末季、嗟其式微、拘攣幽眇、匪誕則離。先生之學、越中正脈、禮卑智崇、中道而立、赫赫明命、湛一以虚、物不踰則、乃慊其知。先生之教、千聖遺矩、精純光大、厥施斯普。木壞山頽、予將疇依、西原夕語、顯示眞機、一炬破昏、羣矇得睹、敬勒貞珉、以詔終古。

☆『国朝献徴録』巻114所収のものを以て補正した。

伝記史料（２）：万暦13年『吉安府志』巻24（理學傳）

兩峯劉先生文敏、字宜充、安福三舎人。自少凝重端確、不妄言笑。既長不治家人生事。與從弟師泉公共學、慨然歎曰：「吾儕欲自立於天地、必何修而可。」深思密省、至夜分不能寝。已而語師泉公曰：「學苟小成、猶不學也。」於是益矜莊堅勵、動必由禮。從子曉見陽明王公於南都、歸王公贈以詩、有「還誰一語悟眞幾」之句。先生見之、慡然曰：「吾學非歟。」復得所録王公論學語數條、喫緊於格物致知與宋儒異、展轉思之、恍若有悟、曰：「此反身自知之學也。」及讀『傳習録』、遂決心不疑、躬踐黙證、久之覺動静未能合一、乃曰：「非親承授不可」、則買舟趨越中、謁王公稱弟子。王公曰：「不遠千里來何爲。」對曰：「為性命來也。」朝暮門墻往復、更寒暑者三。時先生為邑庠生、以詞藝擅長、廩食需貢、有期輒棄去、不復應擧。或以不妨功為言、先生曰：「安得許多間精神擔閣一生、吾計決矣。」學博朱遜、泉勛有道者也。贈先生詩曰：「豪傑誰如君力量、聖賢原是我精神。」

先生之學、主於躬行、深以虚談為戒。嘗謂：「學者當循其本心之明、時時自見己過、刮磨克治、以消融氣稟之偏、絶去外誘之害、徴諸倫理事為之實、無一不慊於心、而後為聖門之正學。此非從事困勉、已百已千之功、何自得之。彼高談虚悟、炫於末而漓其本、是徳之賊也。」當是時、士人聚講者衆、惟先生獨無奇僻語、或終日危坐如泥塑、貌肅而神凝。有請問者以一二語答之、稍渉浮蔓輒不答、諸生益竦憚、而視先生所為、自其庭除、施于里閈、庸言小節、率中準繩、莫不斂服、以訥言敏行、先生誠有之焉。

聶貞襄公雅重端方之士、於先生最所敬信。曰：「海内眞布衣、惟兩峯一人而巳。」公嘗擧未發之中相質、先生曰：「發與未發、非判然二也。能致其知、則寂感一矣。」七原與羅文恭公極論寂感不二之旨、始未一而終契合。既別羅公貽詩曰：「嘆息卓爾域、千古能幾諧、目撃中有存、意會言無乖。」

少師存齋徐公階督學江右、檄聘入試、且貢于禮部、先生固辭。卒年八十有三。督學憲使邵公夢麟檄下有司助葬。其文曰：「故處士劉某、跡奮儒林、力探聖域、赤子之心未失、白首之志愈堅、無愧考終、有裨名教云。」先生不善著述、子昭諒檢遺稿得百餘條、刻之曰論學要語。劉三五公陽傳其行曰：「兩峯、篤於修而恬於世味、勇於蚤而勤於晩暮、行常敏而言或訥、華不足而實有餘、悦於衆而無合於汚、窮於深而無混於異途、守於約而無不足於酬物。」閩中陳布衣眞晟、劉布衣閔、宋儒門戸、謹守繩墨、在兩峯有之。聖學一脈、三君子孰為得之。當有鑒於斯而不爽者。

萬暦十二年、郡守余公之禎、邑令閔公世翔、特建祠于復古書院祀之。

伝記史料（３）：『明儒学案』巻19（江右王門学案4）

處士劉兩峯先生文敏

劉文敏、字宜充、號兩峯、吉之安福人。自幼樸實、不知有機械事。年二十三、與師泉共學、思所以自立於天地間者、毎夜分不能寢。謂師泉曰：「學苟小成、猶不學也。」已讀『傳習録』好之、反躬實踐、惟覺動静未融、曰：「此非師承不可。」乃入越而禀學焉。自此一以致良知為鵠、操存克治、瞬不少懈。毋談高遠而行遺卑近、及門之士、不戒而孚、道存目撃。外艱既除、不應科目。華亭為學使、以貢士徴之、不起。

雙江主於歸寂、同門辨説、動盈卷軸、而先生言：「發與未發本無二致、戒懼慎獨本無二事。若云未發不足以兼已發、致中之外、別有一段致和之功、是不知順其自然之體而加損焉、以學而能、以慮而知者也。」又言：「事上用功、雖愈於事上講求道理、均之無益於得也。涵養本原、愈精愈一、愈一愈精、始是心事合一。」又言：「嘿坐澄心、反觀内照、庶幾外好日少、知慧日著、生理亦生生不已、所謂集義也。」又言：「吾心之體、本止本寂、參之以意念、飾之以道理、侑之以聞見、遂以感通為心之體、而不知吾心雖千酬萬應、紛紜變化之無已、而其體本自常止常寂。彼以静病云者、似渉静景、非為物不貳、生物不測之體之静也。」凡此所言、與雙江相視莫逆、故人謂雙江得先生而不傷孤別者、非虚言也。

然先生謂：「吾性本自常生、本自常止。往來起伏、非常生也、專寂凝固、非常止也。生而不逐、是謂常止；止而不住、是謂常生。主宰即流行之主宰、流行即主宰之流行。」其於師門之旨、未必盡同於雙江、蓋雙江以未發屬性、已發屬情、先生則以喜怒哀樂情也、情之得其正者性也。

年八十、猶陟三峯之巔、静坐百餘日。謂其門人王時槐、陳嘉謨、賀涇曰：「知體本虚、虚乃生、生虚者天地萬物之原也。吾道以虚為宗、汝曹念哉、與後學言、即塗轍不一、愼勿違吾宗可耳。」隆慶六年五月卒、年八十有三。