章沖『春秋左氏伝事類始末』五巻

○江蘇巡撫採進本

宋の章沖の撰。沖、字は茂深。章惇の孫である。淳煕年間に台州知事となった。妻は葉夢得の娘である。その夢得は春秋に造形が深かった。そのため沖も左氏伝の研究に心を砕き、春秋時代の諸国の記事を集め、年月ごとに配列し、さらに事件ごとにまとめた。そしてそれらの事件を体系的に組み立て、一体感のある書物に仕上げたのである。本文の前には沖の自序と謝諤の序文がある。

さて、沖と袁枢はともに孝宗時代に生きた人間である。その枢は『資治通鑑』に手を加えて紀事本末体を創建したが、それは各事件の筋道を付け、閲覧を簡便ならしめたものだった。枢の書物は淳煕丙申の歳に刊行された。沖の本書も枢と同じ体裁である。自序によると、淳煕乙巳の歳――枢の書物に後れること九年――に刊行された。ならば本書は枢のやり方をまねて作ったものであろうか。本書は大部の書物ではなく、枢の書物に比べると狭隘とも言えるが、学者に便益をもたらす点については、両者ともにかわりはない。

ただ『通鑑』はもともと史書であるから、枢はその筋道を付けるだけでよかった。しかし春秋は経書である。属辞と比事によって聖人の教えが相互に誘発されるものである。また左氏伝は経文に先んじて事件を述べることもあれば、経文の後れて〔事件を述べることで〕その主旨を結ぶ場合もある。また一つの経文によって道理を明らかにすることもあれば、複数の経文を交えて〔経文と左氏伝の〕異同を説明する場合もある。両者は互いに密接に絡み合いながら、奥深いところでつながり合っているのである。しかし沖はただ〔左氏伝に載る〕類似の事件をまとめただけで、経書たる春秋を単なる史書と見なしてしまい、聖人の筆削には全く触れていない。ならば古くは経部に名を連ねた書物であるが、それは正しくあるまい。このたびは枢の書物とともに史部に分類した。その方が本書にふさわしいであろう。

『四庫全書総目提要』巻四十九(史部紀事本末類)

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