財産と運命

高畠素之


朝日平吾の手にかゝつて非業の死を遂げた安田善次郎の倅は、今度家督を相續し、且つ善次郎の名を繼ぐことになつたので、本所の本邸で園遊會を開いたさうである。ところが、その園遊會に於いて來客が歡を盡してゐる間も、彼れは奧の方で縮んでゐたと云ふことが報じられてゐる。

如何に先代善次郎が刺し殺されたからと言つて、二代目善次郎も同樣の最後を遂げねばならぬと定つてゐる譯ではない。まして襲名早々から、さうさう覗ふものもなからうではないか。人と接觸する度びに一々心配してゐたのでは、氣苦勞の方で長生きが出來ないであらう。

襲名必ずしも運命を襲ふことではない。然しそんなに自分の運命が怪しまれる位なら、先代が人の恨みを買ひ乍ら造つた財産など繼がぬ方が安全だつたのである。先代の遺業を繼承するだけの度胸があるなら、自分の運命に對しても今少し大膽であつて欲しいものである。

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