米化

高畠素之


鹿鳴館の昔は歐化心醉で愛國者を怒らせたものだが、此頃はまた米化心醉で國士共が腹を立てゐる。東夷、西戎、南蠻、北狄、と心得てゐる國粹保存論者には何時如何なる時代も、それ相應に苦勞の種子は絶えないものと見える。

尤もこの頃のやうにアメリカ祟拜が激しければ、假令國粹論者でなくとも、一寸は辟易させられる。やれ國際聯盟、やれ太平洋會議、やれ活動寫眞、やれベース・ボールと、アメリカでなければ夜も日も明けぬ騷ぎ方だ。

外交關係の問題にでもならうものなら、パルチザンと不逞鮮人を虐めつけた日頃の勇氣もどこへやら、妙に米國の鼻息ばかり窺つてゐる。内辨慶の分際で五大國なんどと吠ざいては見るが、いざとなれば米國の外藩を以て甘んじてゐる。甘じないまでも、外藩竝みに取扱はれてゐる事は爭はれぬ。

その上、輪入品といへば、何でも彼んでも米國に仰ぎ、米貨萬能の有樣を見せてゐる。市場に横行濶歩するそれらの商品はといへば、内地品より遙かに粗惡なものでも、メード・イン・アメリカのレツテルに隨喜渇仰されて、ドシドシ高値に捌けて行く。

それかあらぬか、日本人の趣味生活といふ奴は、急にメリケン臭くなつて來たやうだ。試みに銀座街頭を彷徨する紳士淑女を點檢するに、彼の帽子の好み、ネクタイの色合、靴の恰好は元より、彼女の頬紅、媚態の末に至るまで、米臭紛々として鼻持ちならぬ。

説をなす者は、その起原を活動寫眞の流行に歸してゐる。刺戟的なアメリカ物ばかり封切りした結果、沒趣味低劣なヤンキー・スタイルが傳播されてしまつたといふ。ロスアンゼルスあたりの植民地俳優を眞似て、而も得々たる紳士淑女に祝福あれ!

それ丈けなら我慢もしやうが、例のデモクラ屋が幅を利かせて此方、どうやら思想界の傾向にまで、米化濃度が増して來たのは恐れ入る。日本人の外國語といへば、英語に限られてゐるといふハンデイキツプを除いても、暗々裡に米國心醉に耽つてゐたと見える。

一層こゝまで來たなら、外藩は愚か、もう一歩進んで米國の分封屬國たる事を志願したらどんなもんだらう。さうしたら八八艦隊の苦勞もなし、二部教授する必要もなし、第一人種差別などと青筋を立てるにも及ばなくなるといふものだ。

アメリカ人とさへ見れば、十人が十人までペルリ提督を引き合ひにして、お世辭の百萬遍も唱へる癖に、今更『日米もし戰はゞ』も糞もあるもんか。とうせ氣のいゝ序に、英語を國語に直したらどんなもんか。ローマ字も、國字制限も、入學試驗も、頭を惱ましてゐるそれらの問題は、一溜りもなく解決がついてしまふ事受合だ。

無聊に苦しむ軍人こそ、戰爭の一つ二つは睡氣醒ましにやつて見てもいゝとも思つてゐやうが、上は紳士淑女より、下はトンカツ一丁の女給まで、肝腎の國民の方は骨髓に徹して米化してゐる。

これ程盲目的なメリケン崇拜人種たる日本人が、加州議員などから排斥されてゐるのはどういふ譯か。黄色黒瞳でこそあれ、同化性がないなどゝは眞赤な僞りだ。加州の出稼人は例外か知らぬが、本場日本人の方は、同化し過ぎて、心ある者を却つて惱ませてゐる次第だ。


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