勇敢なる海相

高畠素之


加藤海相は桑港に於いて、内外の新聞記者に向つて『豫は八八艦隊を完成せしめざる可らざる責任を有す。されば豫が心から熱心なる海軍軍備縮小の意嚮を有すといふは、是れ全く誤りなり』と語り、且つ米國通信員に答ヘて、外國さヘ日本と同樣の行動をする事を承諾すれば、日本も亦八八艦隊を縮小するに躊躇するものでないと言つた事は『その後未だ他の如何なる國も、豫が曾てなしたる如く海軍制限の具體案を提示せざる以上、其言葉も其場限りの者なり』と聲明した。

此陳述は全米國の新聞に無線電信を以つて通信され、日本海軍の當局者は非常に驚愕してゐると言ふことである。日本の政府當局が、華府會議に對して事毎に戰々兢々としてゐるに拘らず、大膽にも此の陳述を公にした加藤海相の勇氣は、實に見上げたものである。

華盛頓會議が、戰術的平和會議である以上、徒らに平身低頭して、不利益なる縮小を約束して來ると言ふ事は、決して日本の安全を圖るものではない。恐る可き新武器を發明し、相對的條件ならば將來に於いて比律賓及びグワムの武裝を解く事を承諾していゝと言ひ乍ら、軍隊の宿老を比律賓總督に任じてゐる米國に對して、八八艦隊の計畫を飽く迄遂行せんとする意嚮を發表する位の事は、何も遠慮する必要のない話である。

彼れはその後、これに對して『敢て訂正の要なし』と語つたとか言ふ。全くそれで好いのである。遠慮せずにしつかりやつて呉れ。


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