白色と有色の爭ひ

高畠素之


前印度總督のチエルムスフオード卿は、英國上院に於て『印度問題の主要なる點は人種問題であつて、之れは單に印度だけの問題ではなく世界の問題だ。白人の優越に對する全有色人を通じての反抗である』と述べた。

又晩香坡のジー・エス・へーンズ氏は『日英同盟を終了せしめ英領コロンビアから、亞細亞人種を全部排除す可し』との提案を英領コロンビア立法部に提出したさうである。

かゝる叫びが聞える一方、米國では排日の氣勢が益々盛になつて來てゐるし、人種的反感、人種的對立といふ事は次第に明白な問題となつて來たやうである。これは、人種的感情、人種的團結といふものが、強い潛勢力を持つてゐる限り、避く可からざることであつて、人種的なる鬪爭は、吾々の必然に當面せざるを得ないものである。

世には萬國主義を唱ヘ、非軍備論を主張する超國家思想家がある。近頃しきりに軍備縮小の運動を起して、華府會議の目的を達せしめようとしてゐる政治家や宗教家もそれであれば、資本主義と軍國主義とを混淆して、一切一とまとめに倒す可きものとしてゐる社會主義の群盲もそれである。

然し乍ら、人種的感情は一朝一夕に成り立つたものでもなければ、彼等が勇敢に一撃する事によつて、忽ち消滅して終ふやうな生優しいものではない。それは他に何等かの鬪爭が行はれてゐる間こそ潛伏して居れ、一とたび他の鬪爭、他の緊張が失はるれば、忽ち強い勢ひを以つて勃頭し來たるのである。

人種的感情といふものは、今尚強い社會的結合の紐帶となつてゐる。人種的結合は、一種の中心的結合を爲してゐるものであつて、近い將來に於いて此結合が失はれやうとは到底考へ得られない。從つて此人種的反感、人種的對立なるものは容易に人類社會から抹去し得るものではない。斯くの如き團結が存在し、斯くの如き感情が存在する以上、自ら優越を誇つてゐる白人種が、吾々有色人種を侮蔑し排斥するは亦當然の事柄である。

然るに萬國主義者は、斯くの如き感情を抱く事は不合理であり、偏狹であると言つて嘲笑する許りである。偏狹の誇りは、相對立し相鬪爭してゐる場合何人に對しても用ゐる事が出來る。資本家階級が偏狹だとも言へれば、白人種族が偏狹だとも言ひ得るのである。然し乍ら、此偏狹なる感情の生れ來たる事に、必然の原因がある限り、吾々も亦偏狹となつて相爭はなければならないのである。

斯くの如く觀じ來たるならば、吾々は此白色人種間に於ける、有色人排斥の叫びを、單なる人種的偏見としてのみ嘲笑してゐる譯に行かぬ。必然に來る可き禍に就いては、十分の準備をして置かなければならない。


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