新人の正體

高畠素之


今度の軍備制限案は米國の人を喰つた圖々しい態度と力を恃む傲慢さとを露骨に表明したもので、多少の横暴は豫期してゐた吾々被害者側も、全く驚倒する計りである。巧みに英國と結んで、暗に暴力の鬼面を仄めかしつゝ、世界平等の爲とか云ふ、子供瞞しのお題目を振り翳し、孤立無援の日本を遮二無二承認させて了はうと云ふ藝當は、全く米國ならでは見られぬ藝である。

處が軍備縮小運動の張本人であり、一知半解な新人である尾崎行雄君は、双手を舉げて、此原案に贊成し、會議を目撃し得なかつた事を無念がるのはまだいゝとして、米國の正義感に感歎し、より以上の縮減を行ふ必要があるかの口吻を洩らした揚げ句、日本は所詮歐米諸國に劣つてゐるのだから、武力を以つて對抗する事は愚劣であると論じ、陸軍も海軍と共に半減して了ひ、これ等の冗費を以つて産業の開發を計れと説いてゐる。

日本の文化程度が歐米に劣つてゐると言ふ事は吾々と雖も認めざるを得ない。然しそれは彼等の吾々に對する侮蔑感を深め、武力的鬪爭の機會を多からしむるものでこそあれ、武備を捨てゝ服從す可き何等の理由をも齎らすものでない。現在の國際關係を動かして居るものが正義人道的感情ではなく、利害關係と人種的感情のみである限り、かゝる淺薄な平和論が成り立ち得る筈はない。愚にも付かぬ西洋かぶれは、ニキビ中學生だけに任せたいものである。

産業開發に軍費の餘剩を當てよと言ふのも、取るに足らぬ舊套な議論である。産業開發と云ふ言葉は美くしいが、それが國家と一般民衆の爲めに、一體何を齎らすのであらうか。喜ぶものは國土よりも目前の利慾を愛する資本家階級のみであらう。此意味の國力が充實しやうとしまいと、それは多數の國民にとつては何の關係もない話である。

軍備制限論が一部に人氣あるのは、此産業開發の財源が豐富になると云ふ點に、多くの理由があるのださうだ。人氣取り屋の尾崎君が産業開發の一句に力を入れるのは、かう云ふ連中に秋波を送つておく心算なのだらうが、それにしても國土の安全なくして、何の爲めの産業を開發しやうと言ふのだらうか。


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