廖平研究史

廖平研究は廖平没後から続けられているが、それについて少しだけ知見を書いておきたい。ただしあくまでも研究の状況を述べるに止め、各研究書・論文の内容には直接触れずにおいた。これは私の理解が足らないためであるが、また廖平の研究は各種各様になされたところがあり、強いて統一的に理解する必要はないと考えるからである。


廖平の研究を志す場合、まず次の二書を参照する必要がある。

  • 黄開国『廖平評伝』(百花洲文芸出版社、1993年)
  • 陳文豪『廖平経学思想研究』(文津出版社、1995年)

これ以前の研究については、次の論文にまとめられている。雑誌は台湾のものであるが、著者は大陸の人なので、大陸系の論文が紹介されており、何かと閲覧に不便のある大陸の論文が確認できて有益である。

  • 田玉「廖平経学研究術評」(『中国文哲研究通訊』第5巻第2期、1995年6月)

日本の研究は数える程度のものであるが、以下の四つの専論がある。

  • 小島祐馬『中国の社会思想』(筑摩書房、1967年。もと『芸文』第8巻第5号(1917年)および『支那学』第2巻第9号(1922年)所収)
  • 藤堂虎雄「廖平の経学思想」(『漢学研究』第2号、1937年)
  • 狩野直喜『中国哲学史』(岩波書店、1953年)
  • 濱久雄『公羊学の成立とその展開』(国書刊行会、1962年)

これ以外にも中国には研究が続けられているようである。

  • 龍晦「廖平経学書探究」(『蜀学』第1輯、巴蜀書社、2006年)
  • 趙沛『廖平春秋学研究』(巴蜀書社、2007年)
  • 趙沛「廖平経学研究現状述評」(舒大剛主編『儒学論壇第2輯、四川大学出版社、2007年12月)
  • 魏怡昱「孔子、経典与諸子――廖平大統学説的世界図像之建構」(同上)

黄氏と陳氏の研究は、いずれも廖平思想の全体像を明らかにしたもので、従来経学六変に眩惑させられていた廖平思想の見取図としては是非とも参照すべき論著である。ただ両氏によって廖平思想の全体像が見えてくる故に、逆に今度は廖平思想の専門的分析が俟たれるところである。

これに対して、趙氏の著書はその欠を埋める一助となるものである。趙氏は廖平思想の根幹は春秋学であるとし、その全面的系統的研究を志したものである。やや紙数の多さが気になるが、廖平思想やその春秋学の研究を志す場合は当然にして、広く経学や清代思想を論ずるものにも必読の書物である。ただ趙氏の著書については別に感想を書いたので、紹介はそちらに譲る。

なお廖平の専論ではないが、廖平経学の中心部分を占める春秋学については、次のような研究がある。

  • 趙伯雄『春秋学史』(山東教育、2004年)
  • 文廷海『清代春秋穀梁学研究』(巴蜀書社、2006年)

趙伯雄は春秋学全体の歴史から、文氏は穀梁伝研究史(事実上歴代穀梁学を網羅している)から、廖平の春秋学や穀梁学を研究したもので、他の春秋学者との比較という意味で廖平春秋学の理解には必須である。

以上の諸研究は、近代的な研究スタイルで書かれたものであるが、清末から民国初期の雰囲気を伝えるものとしては、むしろ次の論述が適当である。

  • 蒙文通「井研廖季平師与近代今文学」(『経史抉原』、巴蜀書社、1995年)
  • 同「廖季平先生与清代漢学」(同上)
  • 同「井研廖師与漢代今古文学」(同)
  • 同「廖季平先生伝」(同)
  • 廖幼平編『廖季平年譜』(巴蜀書社、1985年)

蒙文通の著述は『蒙文通文集』第3巻に収められ、所謂縦書繁体字であるが、本書は既に手に入れ難く、若干文字の校訂に問題がある。近年出版された横型簡体字版の『経学抉原』(上海人人出版社、2006年)に4種とも収録されている。なお蒙文通とは本人も保守派の研究者として著名だが、廖平の高弟であり、廖平研究には必須の人物である。

『廖季平年譜』(横書簡体字)には以下のものが収録されている。

  • 廖宗沢「六訳先生年譜」
  • 同「六訳先生行述」
  • 章炳麟「清故龍安府学教授廖君墓誌銘」
  • 蒙文通「廖季平先生伝」
  • 向楚「廖平」
  • 蒙文通の三種論文(以下、附録)
  • 蒙文通「議蜀学」
  • 廖幼平「六訳先生已刻未刻各書目録表」
  • 卞吉「現存廖季平著作目録稿」

この中、年譜は廖宗沢『廖平年譜稿本』を本に作られたものである。田玉氏の論文に詳述されるように、廖宗沢は廖平の子息で、その『稿本』は廖平の批正の加わった詳細な年譜資料であるとされる。ただ本書は完全なままでは保存されておらず、また一般に閲覧も難しいので(著者未見)、ここでは触れない。ただ趙沛氏の『廖平春秋学研究』によると、既に『稿本』の校点整理が終わり、近年刊行される見通しにあるとのことである。廖平研究の進展のためにも是非とも出版していただきたい書物である。

なお『年譜』は廖平に近い人物の伝記がまとめられており、閲覧に便利ではあるが、その大半は執筆者各人の資料を原典として利用すべきであるから、『年譜』本体にはさほど価値はない。むしろ価値のある部分は、附録にある「已刻未刻目録」である。これは廖平の身内の手になるものだけに、廖平の著作を確定する際には、まず先に目を通す必要のあるものである。ただしこれも必ずしも完備したものではなく、遺漏も少なからずある。廖平著作目録の確定作業は、廖平研究の最も基礎的研究であるが、これについては陳氏の著書にも著作一覧があり、研究の便に供している。

『年譜』は廖平に関係のある人々によって編まれたものであるだけに、廖平研究の必読書なのであるが、遺憾なことに現在ほぼ入手不可能である。

これ以上の研究は、廖平の著作に直接ぶつかるより外にない。

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